第1章 12時48分(西谷夕)
「嫌、ですか?」
西谷は黙っているなまえの顔を不安そうに覗きこんだ。不覚にもどきっとしたので、ばれないように椅子ごと後ろへ下がる。
「や、なんていうかその、私たちお互いのこと全然知らないから、そういうのはもっと仲良くなってからのほうがいいんじゃないかな」
自然と早口で捲し立ててしまう。彼と目を合わせることができなかった。
「あぁ、それもそうっスね」西谷は嬉しそうに笑った。「んじゃ、明日から毎日お昼一緒に食べましょ!」
「うん、そうね...って、え!?」
驚いて聞き返そうとしたところに昼休みの終わりを告げる予鈴がなった。
「じゃあ、俺戻るんで、なまえさん、また明日!」
残り数個となったパンを持って西谷は教室を出ていってしまった。残されたなまえは困惑して教室を見回したが、厄介なことに関わりたくないのか、みんな遠くから苦笑いを返すのみだった。
嘘でしょ...
あまりにも突然のことで呆然としてしまう。が、不思議と嫌な気持ちではない。それはきっと、彼が真っ直ぐで正直な人であると感じたからだ。
「あー、それから」
「わっ」
既に去ったと思っていた西谷が、いつの間にか再び戻ってきていた。
「俺、なまえさんと話すの初めてだったから緊張しちゃって、つい敬語になっちゃったけど、同じ2年だし、これからはため口で話すわ。」
西谷はそう言いながら向かい合わせになっていたなまえの前の席の机を元に戻した。
あ、こういうところはちゃんとしてるんだ。
破天荒に見えて礼儀正しいし、背だって小さいけど、背中や腕は筋肉質で、意外に男の子っぽいのかも...
「だから...」
目の前の西谷が急に振り返ったかと思うと、呆けていたなまえの耳元に口を寄せて低い声で囁いた。
「これからよろしくな、なまえちゃん」
「なっ...!!」
なまえは両手で真っ赤になった耳を押さえた。その様子を楽しそうに見て、西谷は
「じゃあなー!」
といたずらっ子のようなどや顔をして去っていった。
...ずるいよ!少年みたいに純粋なキャラじゃないのかよ!
顔から火が出るのではと思うほど真っ赤になったなまえであったが、翌日からより一層西谷のテンションに翻弄されることになるとは、この時点ではまだ想像もできていなかった...
END