第7章 Zapatillas(及川徹)
「及川ー」
「なにー?」
「まだー?」
「あとちょっと!いい子だから待っててねー」
ベッドに腰掛けているなまえは、目の前にある及川徹の背中を睨んだ。
休みのほとんどない部活に入っているくせに、どこで揃えているのか、彼のクローゼットからは次から次へと衣類が飛び出てくる。及川はその洋服達を並べては、あーでもない、こーでもない、と熱心に鏡の前で比べていた。
なまえは腕の中のクッションを力強く抱きしめて急かす。
「もー!早くしてよー!」
今日は久しぶりのデート。なまえは張り切って早起きして、及川を家まで迎えに行った。なのにそこで目にしたのは、ベッドの上ですやすやと寝息をたてている彼の姿だった。
毎日の練習で疲れているのはなまえも十分承知だ。むしろ貴重な休みの日に一緒に遊んでくれること自体が有難いと思う。だから寝坊ごときでは怒ったりなんかしない。けれど、彼の言う ”すぐ終わる支度” に終わりが見えないので、いい加減お冠だ。
「おーいーかーわー!」なまえが上下に揺れるたびにベッドが軋む。「映画始まっちゃうよー!!」
「ごめんてー、じゃあ時間ずらして、いっこ遅いのにしよ?ポップコーンおごるからさ」
「そういうことじゃないのよー。もう、服なんて適当でいいじゃん!そのままでも十分格好良いよ!」
えー、と鏡の中の彼が口を尖らせた。「でもでも、せっかくのデートだし、なまえもおめかしして可愛くなってるし。俺も気合い入れなきゃ」
嬉しいこと言ってくれる割には、先ほどから鏡の中の自分に夢中のようだ。私のことなんてちっとも見ていないじゃないか。
彼は身なりにとても気を配る。私のため、なんて言うけれど、実際は及川自身のためなんだろう。
だって2人きりの時は、酷い髪型でも平気でへらへら笑ってるし、今だって恥じらいもなく下着姿で着替えをしている。
寝起きの及川の、変に跳ねた寝ぐせや、よれたTシャツから覗く鎖骨も、それはそれで可愛くて大好きだけどね。
なまえはぶう、とむくれてクッションに顔を埋めた。