第6章 十六歳、臍を噛む(孤爪研磨)
こうなったのも全部クロのせいだ、と研磨は思った。
それが責任転嫁であることは十分わかっていた。けれど、どこかに怒りのやり場を作らなければ押しつぶされてしまいそうだった。
なまえのベッドから布団を引っ張ってくると、規則正しい寝息をたてている彼女の上にかけた。
なまえ、と研磨は彼女に呼び掛けた。「俺、なまえのこと好きだったんだ。ずっと一緒にいたけど、愛着なんかじゃなくて、女の子としてちゃんと好きだったよ」
クロとは小さい頃からバレーを続けてきた。できれば争いたくないって思っている。でも、なまえだけは渡したくない。
なまえの唇を指でなぞる。研磨の知る限り、彼女に恋人がいたことなんてないから、もしかしたらファーストキスはまだなのかもしれない。
研磨は自分の唇を近づけた。けれど、やめた。
なまえの気持ちを無視したままキスをしたって、それは抜け駆けでもなんでもない。ただ虚しいだけだ。
立ち上がって窓に近づいた。
重い遮光カーテンを開けると、下にレースのカーテンがかかっていた。それを忌々しい気持ちで見つめる。
11歳の時。不可抗力とはいえなまえの下着姿をこの窓から見てしまった。嫌でもなまえは女の子なのだと思い知らされた。 あの日からだ。なまえのことを異性として意識するようになったのは。
もしもあの時この窓の前を通らなかったら、今でも姉弟のように仲良くできたのだろうか。
いや、そんなことないか。
窓を開けた。朝の冷たい空気が部屋に吹き込んでくる。
早朝の空気だ。まだセミも鳴き出していない。
しまっておいたサンダルを外にだして、研磨は部屋の外へと出た。
大きく伸びをする。
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせる。
お昼になったらまたここに戻ってこよう。そしてちゃんと昨日のことを謝ろう。
謝って、ちゃんと告白して、返事をもらおう。
それまで、落ち込むのはナシだ。
研磨は大きく息を吐き出して歩きだした。見上げた空に、薄くて青白い月がかかっていた。
END