第49章 死にたがり女子高生と変態男子高校生(及川徹)前編
『この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。とっくに死んでいるでしょう』
真っ暗な夜の教室で、月明かりを頼りに独りで書いた出だしの1文。たまたま座った机に入っていた、知らない誰かの現代文の教科書からパクってみた。その下に私が続けた文章は、両親への謝罪の言葉と自殺の理由とうんたらかんたら。うん。なかなか上出来。
「……よし、っと」
最後の見直しを終えて、その紙切れを4つに折って制服のポケットに入れた。机から立ち上がって、窓に近付く。
「4階からで、ちゃんと死ねるかなぁ」
カラカラカラ、と軽い音を立てて開いた窓から下を見下ろす。普段授業を受けている2階の教室から見るより当たり前だが地面が遠い。けれど高さが微妙だから、打ちどころが良ければ死ねるし悪けりゃ朝までのたうち回る羽目になるだろう。自分でも馬鹿な博打だとは思うけれど、我らが学びや青葉城西高校は4階建てなのだから、ここが一番高い場所なのだ。
知らない3年生の教室の、知らない人の机で遺書を書き、今宵私は飛び降りる。
死ぬのは怖くない。だけど、痛いのは少しだけ怖かった。窓枠に乗せた両手にゆっくり体重をかけると、両足の爪先が床から離れた。頭が窓の外へと突き出て、夜風が私の髪を揺らしていく。
身体を前へと倒しながら、さようなら、と小さく小さく呟いた。その別れの言葉に返事をするかのように、月が雲の後ろに隠れた。見下ろす世界の明度が下がって、固い地面と夜の闇との境界線が曖昧になる。
何もかもが暗くてよくわからない。せめて、頭から落ちてゆこうとまぶたを閉じた。
さようなら、私の世界。さようなら、お父さんお母さん。
さようなら、さようなら。
だけど、重心がどんどん前へとずれて、お腹が窓枠に乗って、いよいよ落ちるぞと思ったそのとき、どこからか口笛が聞こえてきた。
聞き覚えのある、遊園地のCMソング。
不思議に思って目を開けると、ちょうど真下を黒い人影が通りすぎようとしていた。
あ、
と思った瞬間に、胸ポケットに入れていたスマホがするりと闇の中へ飛び出した。あ、あぶない。あの人にぶつかーーーー
「ストップ!!!!」
咄嗟に大声を出していた。ピタリと止まる人影。直後に、バン!と空気をつんざく破裂音と、ふぎゃ!と踏んづけられた猫みたいな悲鳴。