第48章 →→→←↑(松川一静)
寝転がったまま先輩の胸に耳を当てると、脈を打つ心臓の音が聞こえてきた。18年間、止まることなく働いてきた偉いやつ。
「………私、死ぬ時も先輩と一緒がいいな」
「こわっ、ヤンデレかよ」
「ヤンデレじゃないです。でも、別れたくないって思ってても、いつか離れ離れになるんですよね」
「いつか、ね」
「もし先輩が先に死んだら私、誰とも付き合いませんから」
「嘘つけ、寂しがり屋のくせに。俺が死んだら、さっさと良い奴探して幸せにおなりなさい」
「お断りします。おばあちゃんまで独りで生きて、天国で先輩にどや顔してやります」
頭を撫でられながらそう言うと、心臓の音と一緒に、じゃあ、俺も、と身体の内側で響く声が聞こえてきた。
「なまえが先に死んだら、独りで生きていこうかな」
「だめですよ、それは」
大好きな匂いのするシャツに額を押し付けて、私は言った。「先輩は幸せになってください。私が隣にいなくても」
「そうなったらお前、嫉妬するでしょ?」
「しますよ。でも、いいんです。幸せになってくださいよ」
長い長い赤信号の前に立って、行き交う車を1人で眺めている先輩を想像したら涙が出てきた。先輩の胸に顔を寄せるふりをしてこっそりシャツで涙を拭いていたら、鼻をすする音でバレたのか、げ、と低い声がした。
「何やってんの。汚い」
あーあー、と起き上がった先輩は、どういう訳だか私の上に覆い被さって、どうした、なまえ。と優しく頬を撫でてくる。
「悲しくなっちゃった?」
「………は、い」
さっきまで馬鹿みたいに喋っていたのに、今は胸がつかえてしまって言葉にならない。黙ってしばらく泣いていたら、しょうがない子だなぁ、と鼻で笑う声がした。
「まぁでも、おかげで気持ちは伝わった……かな?」
そう言って、私の耳たぶを優しく噛んで、先輩は甘い声で囁いた。
「俺も好きだよ、なまえ」
「…………っ、松川先輩」
「んー?」
「それ、反則です……」
同じ言葉のはずなのに、どうしてこうも破壊力が違うのか。
顔を覆って悶える私の、衣服が勝手にもぞもぞ動き始める。ほんっと、かわいいなぁ、と吐息混じりの独り言が聞こえた直後、心臓に一番近い場所にキスが1つ落とされた。
END