第48章 →→→←↑(松川一静)
「松川先輩」
「んー?」
「好きです」
「んー……ありがと」
「……!!好きです、好き!」
「うん」
「先輩のこと、すっごくすっごくす〜っごく!す」
「あのさ」
分かったから、と勉強机に向かっていた先輩が振り向いた。正面にある、大きな窓によって切り取られた夏の青空。それを背景にして、困ったように少しだけ唇を尖らせる先輩にうっかりきゅんとしてしまいまた、好き、と声に出てしまう。
「なんなのなまえ、構って欲しいの?」
「や、違います。そういう意味じゃないんです」
勉強机から立ち上がり、こちらのいるベッドの上に来ようとする先輩を手近にあったクッションで慌てて押し返した。「そういうんじゃないんです。ただ、本当に好きだな、って思って……」
おっかなびっくりそう言うと、先輩は無言のまま首を傾げて机に戻っていった。椅子に座り直すその背中に向かって、好き好き好き、と視線の弾丸を打ち込んでいく。
あぁ、松川先輩。大好きです。
黒い癖毛を眺めていたら、胸の奥をトン、と優しく押されたような気持ちになる。私の恋人がこんなに素敵で大丈夫なんだろうか。格好良すぎて、じっとしてなんていられない。
そろりとベッドから降りて勉強机に近付く。テキストを読んでいる横顔を後ろから覗き込むと、何?と先輩が尋ねてきた。
「何でもないです。気にしないでください」
「そう言われても、気になるんだけど」
「いいえ、気にしないでください。私、見てるだけですから」
「あのさぁ……」
集中できないんだけど、と切れ長の瞳が向けられて、また胸がきゅんとなる。あぁ、先輩、好きです。
「好きです」
心の中で言ったつもりだったのに、知らないうちに口から出ていた。「好き、先輩、好き」
「それさっきも聞いたよ。何回言うのさ」
「でも、だって、本当に好きなんです」
「好きって言われて、俺はなんて返せばいいの」
「別になにも返さなくていいです。私の独り言ですから」
「独り言かぁ。じゃあ、ちょっと静かにしよっか」
その呆れたような顔まで私にとってはツボだった。だけど懲りない私に、勉強の邪魔だから、と魔法の言葉が掛けられる。課題の多い受験生の休日に、それでも構わないと押しかけたのは私の方だ。わかりました、と小さく言って、背後のベッドにダイブした。