第47章 いつかの夢のパヴァーヌが(菅原孝支)※
恋人にするなら、年上の女性がいい。
今までなんとなくそう思っていたし、好みのタイプを聞かれたときにも同じ台詞を答えにしていた。だけど本当は、頭の隅ではわかってる。俺の好みはもっと別のところにあるはずなんだ。でもそれが上手く伝えられないから、仕方なく年上と表現している。
18年間という短い人生の中で異性について何を学んだのかと聞かれたら答えに困ってしまうけれど、そんな俺でも1つだけ分かることは年齢なんてものはただの数字にすぎないってことだ。現に今も、年上好きを公言しながらも俺は同じクラスの女子が気になっている。
「じゃあ最初の段落を、みょうじなまえさん」
「……はい」
先生に指名されて、なまえが机から立ち上がる音がする。思わず振り返って彼女の顔を見たくなる。
「いつものように、英語を読んだら和訳も続けてお願いします」
「はい」
ちょっとだけならいいかな、と思ったものの斜め後ろの席の彼女を見るには結構な角度で首を曲げなきゃいけないみたいで、授業中にそんなことしたら目立っちゃうだろうと思って諦めた。代わりに彼女の口から紡がれる、少しだけ引っ掛かりのある英語に耳を傾けた。それに合わせて、自分の教科書の文字を目で追っていく。
Reed Collegeから始まる甘い声が、鼓膜を優しく震わせてくる。
(ただの英語なのになぁ………)
なまえが英語を読んでいる。ただそれだけ。なのに、彼女の声が腰に響いた。
(あー、やばい。どうしよう)
身体の中心に浮つきを感じて、罪悪感を覚えてしまう。何やってんだよ馬鹿。今はそういう時じゃないんだってば。
「ーーーそれは科学では捉えることの出来ない、美しくて、歴史的で、芸術的で繊細な世界でした。私はすっかり夢中になってしまった」
「はい、だいたい訳せてますね」
(最低だ、俺って)
なまえが席に座った後も、一度生まれた疼きは収まらない。俺がこんなこと考えてるって知ったら、絶対軽蔑されるよ。
気を紛らわせようと口元を隠すように頬杖をつくけれど、頭は勝手に昨日の休み時間に戻ってしまった。