第43章 魚は宙に浮かんだままで(山口忠)
ずっとずっと前から、決めていたことがある。
もしなまえの告白が成功したら、心から祝福しよう、と。だって本当に嬉しいから。なまえが月島に振り向いてもらうために、どれだけ努力したか知っているから。その気持ちが、報われて欲しいと思うから。
でも、もし駄目だったら?
ふー、と息を吐いた。夜が迫る静寂に、それは嫌に大きく聞こえた。
もし駄目だったら、
その時は、俺が告白しよう。
ずっと好きだったんだよって。ツッキーみたいに格好良くないけど、ツッキーの代わりなんてなれないけど、それでも俺は大切にするよ、って。
戻ってきたなまえは、どんな顔をしてるかな。暗くなってきたから、見ただけじゃどんな返事をもらったか、わからないかもしれないな。もしかしたら泣いてるかもしれない。嬉し涙か悲しみの涙か、やっぱり口を開くまで待たなきゃわからないのかも。
でもどっちの結果でも、褒めてあげよう。頑張ったね、って。偉いよ、って、たくさんたくさん褒めてあげなきゃ。だって、気持ちを伝えるのは、とても勇気が要ることだから。フラれた弱味につけ込まないとできないくらい、臆病な俺には無理なことだから。どんなになまえが怖くて、ドキドキしているのか、俺にはわかる。
しゃがみ続けて、足が痛くなってきた。それでも膝の上に腕を組んで、その上に頭を乗せて、じっと待っていた。あぁ、笑顔でいってらっしゃい、って言うの忘れちゃったな。
朝に見た星座占いが頭をよぎる。ゆらゆら揺れるシーソー。迷ってる自分の箸。バランスを崩して、崖の下に落ちていく彼女の星座。
やがて、コツコツとローファーの足音がした。遠くから聞こえてくるそれは、だんだんこちらに向かってくる。耳を澄ますけど一人分の足音しか聞こえてこない。
ゆっくり立ち上がって、さっきなまえが消えていった校舎の角に目を向けた。手を握ってくれる人は誰もいない。幸運の包み紙も、今はもう彼女のポケットの中だ。
「……山口、」
暗闇の中で潜められた声が、煙みたいに肌にまとわりついてきた。彼女の姿も、表情もわからない。けれど自分にできるありったけの大声で、「おかえり!」と彼女に笑顔を向けた。
END