第41章 "You'll be in tomorrow."(岩泉一)
賢いヨウムについて述べた英文の、
変に空いた行間が気になっていた。
秋風が吹き込む、火曜日の午後。
教室の机は全部埋まっているのに、誰もが下を向いて黙っている。
紙の上を走る沢山のペンの音だけが、時間を前へと進めていた。
窓際の席の私は、風と共に鼻先をくすぐる金木犀の香りが気になっていた。
模試の過去問を解くだけの授業。
3年生になってから急に増えた。
ただ問題を解いて、自己採点をして、最後に先生がちょろっと解説して終わり。
そんな授業が増えた。
隣の席の貧乏揺すりが気になって、
前の椅子の背もたれの、薄く刻まれた相合い傘が気になって、
目だけは確かに文字を追うのに、何度なぞっても英文の意味は頭に入ってこないまま、
ついつい窓の外を見てしまった。
(あ、3年5組………)
グラウンドに散らばる体育着たち。
その中にちらほら見える見知った顔が、隣のクラスの集団であることを告げていた。
体育の時間、長距離走。
一斉にグラウンドを回る生徒達の中に、無意識に彼の姿を探してしまう。というより、探す前に勝手に目は彼を捉えていた。
(岩泉………走ってる……)
もう10月だというのに、白いTシャツ姿の彼は一定の速度を保って地面を蹴って、ぐんぐん進み続けていた。
まっすぐ前を見て、たぶん見えているのはゴールよりもずっとずっと向こうの景色で、
夏前に部活を引退した運動部たちを、後半どんどん追い抜いていく。その様子が鮮やかで、見ているこちらが気持ちいい。
(すごいなぁ…………)
それでも陸上部には劣るけど、
速さとか、そんなことより彼のその、走るフォームが美しいと、去年同じクラスだったときからそう思っていた。
前に進むと言うよりも、世界を後ろに置き去りにしているような彼の走り。
高校生だとか、バレー部だとか、進路だとか。
そんなものを、息を切らして順番に脱ぎ捨てていく。
音も、光も、自分自身も、
全部後ろに置き去りにして、
走って、走って、走って走って最後には、
風の中に溶けていってしまいそうだと、去年からずっと思っていた。