第38章 勇気一つを友にして(日向翔陽)
沈黙が訪れた公園の木の下で、日向が言った。
「先輩、いま16歳ですよね?じゃあ俺と同い年ですよ」
「……っ!」
この官能的な顔を、彼は無意識にやっているのだろうか。抉るように顔を覗き込まれて、どこを見ていいのかわからない。
あちこちに視線を彷徨わせていたら、突然唇を塞がれた。
「んっ…!?ぅ…、」
やわやわと啄まれて、角度を変えて粘膜を合わされて、
唇が離れた後も驚いて固まっていると、なまえ先輩、と喘ぐ声が聞こえた。
「俺、誰かに教えてもらったわけじゃないんですけど、わかるんです」
訴えるように言う日向は、なんだか泣きそうな顔をしていた。
「これが好きってことなんだなって……キスのやり方も、多分その先も、なんとなくわかるんです」
“誰かに教えてもらったわけじゃないのに”
私も、なんとなくわかってしまう。
神様なのだろうか。神様のせいなのだろうか。
「……先輩は?俺のこと、好きですか?」
「……………私は……」
言いかけて言葉を飲み込む。
言っちゃダメだと思った。
自分が知っている少ない言葉の中から、日向への気持ちを表す単語を探すとしたら、きっと私も彼と同じ言葉を選ぶだろう。
でも、私はバレー部のマネージャーだ。
3年だってまだ引退していない。
みんなを平等にサポートしなきゃいけない立場なのに、1年の日向と付き合うことなんて、きっと許されない。みんなが気を遣ってしまう。みんなと一緒に帰れなくなるかも……あぁ、でも!!
「……………私も……!」
わかってる。
ダメだってわかっている。
頭ではわかっているのに、熱く滾る血液が体中を駆け巡る。
勝手に身体を突き動かしてくる。
太陽を目指して飛んだイカロスのように、
夏のかがり火に自ら飛び込む羽虫のように、
ダメだとわかっていても、自分の理性を超越した何かが、思考を勝手に支配してくる。
「私も……!日向のことが好きだよ……っ」
震える声を押し出した時、熱い雫が頬を伝っていった。
あぁ神様、もしあなたが存在するのなら、どうか笑ってください。
間抜けなイカロスで構わないと思ってしまった私を。
笑ってください。間抜けな私たちを。
END
次ページ、補足あります。