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【ハイキュー!!】青春直下の恋模様【短編集】

第38章 勇気一つを友にして(日向翔陽)


「なまえ先輩、何してるんですか?」


背後から自分の名前を呼ばれて振り返ると、少し離れた場所に日向翔陽が立っていた。強い日差しに照らされて、彼の前髪はいつもより濃い影を顔の上に落としている。その強いコントラストの中で、大きな瞳だけがはっきりと輝いていた。

こちらに近づいてくる日向に向かって、しーっ、と人差し指を唇の前に立てると、彼は片眉だけを器用に上げて周囲の音に耳を傾ける様子をみせた。けれど体育館裏のこの場所で静かにする理由が見つからなかったのか、また「何してるんですか?」と尋ねてくる。

「静かにして」

「何か聞こえるんですか?」

「人の話を聞きなさいよ」

静かにしてくれない後輩に笑いを押さえきれずに、なまえは口角を上げて目の前に立っている木々を仰いだ。日向もそれに続いて上を見る。夏の青空に映える緑が綺麗だ。

「なんかあるんですか?」
日向がきょろきょろしながら小声で尋ねた。

「うん、ちょっとね」
なまえも独り言のように質問に答える。「そろそろかなぁ、と思って」

「何がですか?」

「蝉だよ」

「セミ?」

多分、日向はその時になってやっと頭上から降り注ぐ蝉の声に気付いたのだろう。都会人が車の音を気にしないように、東北の田舎に住むなまえ達にとって夏の煩い蝉の声や夜の田んぼに響くカエルの合唱は、慣れてしまえばただのバックミュージックだ。脳が必要ない情報だと判断して、勝手に意識の外に追い出してくれる。


「蝉の声を聞いて、面白いんですか?」

変なの、なんて言いたげな表情に「聞いてれば分かるよ」と小さな声で返す。言われた通りに目を閉じて耳を澄ます日向に、相変わらず素直な子だなぁ、と感心してしまう。


熱した油が弾けるような、ジュワジュワと波のある鳴き声。

暑さをより一層掻き立てるその音は、意識して聞いてみるとウンザリしてしまうほどに耳障りだ。


だけど、辛抱強く聞いているうちに、次第に音量が小さくなっていく。

夏のそよ風が吹く中で、1匹、また1匹、鳴くのをやめ、


そしてとうとう完全な沈黙になった。





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