第5章 錠と自由(西谷夕)
5限目。
昼食をとったあとは、決まって睡魔がやってくる。ただでさえ眠いのに、その授業が退屈な上、午前中に体育まであったものだから、ことさらに眠い。
例に漏れず、西谷も立てた教科書の影に隠れて机に突っ伏していた。睡魔と闘う姿勢すらみせず、本能のままに潔く爆睡している姿は、彼らしいと言えばある意味彼らしい。
「えー、では、次の問題を...西谷」
自分の名前を呼ばれて、西谷はむくりと顔をあげた。一瞬訳がわからなかったが、問題を当てられたのだと気づき、すぐに返事をして立ち上がる。
「わかりません」
西谷は堂々と答えた。くすくすと笑い声が起こる。
「西谷、お前なぁ」教師が呆れた声を出した。「正直なのはいいが、なにも考えてないだろ。とりあえず、間違ってもいいからなにか答え言ってみろ」
西谷は「えぇっと...」と顔をしかめて教科書を見た。何ページ目のどの問題なのかすらわからない。
「ん゛っん゛ん゛ー」
右側からわざとらしい咳払いが聞こえた。見ると隣の席のなまえが黒板のほうを向いたまま、指でノートをつついていた。そこにはでかでかと『1/cosθ』との文字。
「...こ、コサインブンノイチ」
それを見たまま声に出す。おぉ、と教師が感激の声を漏らした。
「西谷、お前やればできるじゃないか...今度から、わからないと言う前に1回考えような」
「うす!」
それに対して元気良く返事をして着席した。
お礼を伝えようとなまえを見たが、彼女は知らんぷりをしてせっせと板書に勤しんでいた。