第37章 天然フェニルエチルアミン(花巻貴大)
「ぶはっ!!」
電車が通りすぎたあと、地面に尻もちをついている私を見て貴大が盛大に噴き出した。上がり始めた遮断機の下を、何がどうなったらそうなるんだよ!と笑いながらこちらに向かって歩いてくる。
「ほらよ」
彼の右手が私に突き出される。それを掴んで立ち上がろうとしたら、ぐい、と身体が引き上げられた。
「……っとに、お前は昔からどんくさいよなぁ」
そう言って当然のように隣に立って歩き出す。「腹減っちゃってさ。コンビニ寄ってっていい?」
「晩御飯食べてないの?」
「食ったけど、足りないみたい」
「太っちゃうよ」
「太らねーよ。お前と違ってな」
そう言って口の両端を釣り上げる。鼻筋の通った貴大の顔は、見慣れすぎてイケメンなのかどうか客観的に評価することができない。
夜空の下を2人で歩きながら、あれ、私は何を聞きに家を出たんだっけ、と考える。そうだ。卒業後の私との関係を、貴方はどうお考えですか、と尋ねに来たんだった。言わなきゃ。夜食を食ってる場合じゃないぞ。
半歩先を行く貴大の背中を見つめながら、あのさ、と勇気を出して口を開いた。
あ?と足を止めた彼が振り返る。
「あのさ、卒業後のことなんだけど……」
言え、と心の中で自分を鼓舞した。だけど視線は足元に落ちる。
言え、言うんだ私。このずるずると続いた生ぬるい関係に、私の言葉で革命を起こすんだ!
「考えるのめんどくさいから、志望校あのままでもいい?」
けれど自分の口から飛び出てきたのは、用意していたのとは違う言葉だった。あれ?と脳が混乱し始める。
「おー、別にいいんじゃねえ?」
貴大は無表情のまま、また前を向いた。「お前の好きにすれば」
ま、俺も変える気はねぇけど。
そう言って固まっている私の頭を引き寄せた。くしゃくしゃと頭を掻き撫でて、厚い胸板に押し付けてくる。
痛いよ、やめてよ、と言おうと顔を上げた私の唇に、優しいキスが降ってくる。
優しいんだか乱暴なんだか、よくわからないこの男。
絡み合った舌に広がる甘い味に、あ、これが恋なのかも、なんて柄にもないことを考えちゃったりした自分に気がついちゃったりなんかして。
これからもずるずるでいいんじゃないかな、なんて。不覚にもそう思ってしまった。
END