第4章 HONEY BEAT(及川徹)
なまえは及川の返事を待った。
1秒が途方もなく長かった。
「俺だって、」やがて掠れた声で及川が言った。「俺だって平凡だよ」
「...どういう意味」
想像していたのと違う答えが返ってきたので、なまえは顔ををしかめた。彼の言っている意味がよくわからない。
「なまえちゃんのほうこそ、俺のこと特別扱いしてるじゃないか。俺だって、ちょっとバレーを続けてる普通のつまんない高校生なんだ。好きな女の子に振り向いてほしくても、くだらない冗談しか言えない」
「...そんな話、聞いたことない」
「言えるわけないでしょ」及川は背中を向けたまま、拗ねたような声を出した。「キミのこと好きだって言ったら、がっかりされそうで言えなかったんだ。なんだ、あなたも別にすごい人じゃないのね、って言われそうで。
...本当は、ずっと、なまえちゃんを抱き締めてキスしたいって思ってたよ。でもそんな勇気ないから、わざわざ隣のクラスまで行って、キミの前で他の女子と仲良くしてみせたり、図書室で小学生みたいにからかったりしてたんだ。2年間も!」
彼の肩が震えていた。
「及川、泣いてるの?」
「泣いてるよ!」及川が急に振り返った。鼻の頭が赤くなっている。「好きな子に泣き顔なんて見られたくないだろ!」
そう言って乱暴になまえを引き寄せた。胸元に顔を押し付けられる。いつもの彼のにおいがした。
「...私たち、もっと早く話しておけばよかったね」
「全くだよ!」
なまえは顔をあげた。視線がぶつかる。今度は逸らさなかった。
「もうくだらない意地を張るのはやめる」及川は真面目腐った顔をして言った。「なまえちゃん、俺の彼女になってください」
「いいよ」
なまえも簡単に答えた。こんなにあっけないことなのに、どうしてずっとずっとできなかったのだろう、と考えながら。
END