第31章 己に如かざるものを(月島蛍)
音楽には記憶を呼び起こす力がある。
小学校の卒業式で歌った歌を口ずさむと、走馬燈のようにあの頃の楽しかった思い出や、卒業の日の切ない気持ちが駆け巡る。音楽と記憶が連動して、その当時の感情が蘇るのだ。
それに似たような体験がなまえの身に起こっていた。ただし音楽は関係ない。彼女がいるのは近所の書店。待ち合わせの時間潰しにブラブラ歩き回っていたところに、たまたま目に入った文字。
“月刊バリボー”
その絶妙なセンスの雑誌名を見た時、昔よく遊んでいた近所の子を思い出した。彼の家の本棚に同じ文字が並んでいたのだ。当時小学生だった彼の物ではなく、おそらく高校生の兄の方が買っていたのだろう。家に遊びに行く度に、雑誌を読む彼の兄に2人でちょっかいかけて邪魔したっけ。
完全に忘れていた昔の記憶。
懐かしいな、今もまだ中身はそんなに変わってないのかな。
考えて、雑誌に右手を伸ばす。
指先が表紙に触れるより先に、同じタイミングで横から伸びてきた手とぶつかった。