第22章 境界線を跨ぐ(西谷夕)
屋上は高校生の夢である。
青春に屋上はつきものだ。
なのに、烏野高校の屋上が立入禁止なのはおかしい。
青春には屋上を欠かしちゃいけない。
そんな勝手な理論を組み立てて、私と夕は昼休みに屋上へ向かった。簡単な話だ。煩い立て札と細い鎖を掻い潜るだけでロマンが手に入るのだから、みんなもやってみればいい。ただしバレたら謹慎処分だ。
風に吹かれながらパンの包装を破いた。これはクラスの男子による男気じゃんけんに飛び入り参加して獲得した戦利品である。私の横では西谷夕がガリガリくんを齧っている。毎日早弁をするから代わりにアイスを奢ってもらったらしい。
パンを咥えながら、私は隣の席の男子から拝借したジャンプを開いた。
「…んでさぁ、龍の奴、顔に落書きされてることずーっと気づかなかったんだぜ?」
「へー」
「もうおかしっくて!」
「へー」
「なまえ、ちゃんと聞いてるか?」
「聞いてる聞いてる」
「ならいいや。そんでな!それを見た大地さんがな……」
私と夕は中学からの腐れ縁だ。
コイツはチビでうるさい。
でもいつも元気。そして子供っぽい。
だから女子にはモテない。
可愛いとか漢だよねとか言われたりするけど、好きだと言う子はいない。
私も私でがさつな性格だから、男友達が多くても彼氏はできない。
今だってスカートの下に体育着を履いて、思いっきりあぐらを掻いている。
「なまえ、またザリガニ釣り行こうぜ」
「お、行く?今度は餌何にする?」
「いっつもスルメだからなぁ。次は変化球でいこうぜ」
「じゃあタコとか!?」
「もっと財布にやさしいのがいい」
ご覧の通りである。私達は中学から仲が良かったが、その関係を周りに噂されたことは一度もない。だいたいの人には「小学生かよ…」と呆れられる。それは不服だが、夕の隣は居心地が良いのでなんだかんだで今でも一緒にいてしまう。
私も、他の女子みたく髪を伸ばしてお洒落を勉強したほうが良いのだろうか。
ショートカットの前髪を撫でながら考える。
昼休みには小さなお弁当箱とファッション誌を広げて、他人のノロケ話に耳を傾けていたほうが良いのだろうか。
手元の漫画をめくる。誌上では男女がもつれ合って唇が触れてしまうというベタすぎる展開が繰り広げられていた。それを眺めながら「なぁ、夕」と声をかけた。