第21章 ユビサキサクラ講座入門編(及川徹)
「及川くん、心の準備はいいね?」
ゆっくりと右手を振りかぶり、ビンタの構えをとるなまえに、及川がぎゃあ!と悲鳴を上げた。
「ごめんなさい!違うの!話せば分かる!」
両腕で顔を守るポーズをとった及川の正面で、なまえは手の平を大きく広げてピタリと止めた。
500円、と呟くと「は?」と及川が腕を下げて聞き返す。
「私が猛くんに貢いだお金は500円です」
「……?」
「その倍の金額、及川に貢いでもらおうかな」
「え、それって…」
「好きな子のこと、お茶に誘うんじゃないの?」
「!?」
及川の顔がぱあっと明るくなる。
「俺も行く!」とすかさず叫んだ猛を「だめ!」と及川が腕を伸ばして制止した。
「ここから先はお子ちゃま立入禁止!」
「なまえねーちゃん!」
猛がなまえを見つめた。懇願するようなその瞳に、なまえは彼の正面に立ち、目線を同じ高さに合わせるように屈んだ。
「よいですか、猛」
優しい声でそう言って細い肩に手を乗せる。「男子たるもの、涙を忍んで耐えなければならなぬときがあるんです」
「でも、先に告ったのは俺だ」
「恋愛は早いもの勝ちではありません。乙女の心は移ろいやすいということも、合わせて覚えておきなさい」
そう言ってなまえは立ち上がって背を向けた。その肩を及川が引き寄せる。
「強くなれ!猛!」
及川は猛にあっかんべーをした。「今日はもう1人でお家帰って!それからこのことはキミの両親には内緒!」
そして大きな漆黒のマントを翻して立ち去ってしまった。
「あ、なまえちゃん、そのネイル可愛いね」
「ふふ、でしょう?」
仲良く寄り添い合う2人の背中を見ながら、「ちぇっ、ケチ」と猛はわたあめを噛じった。
「これだから大人ってやつはキライだよ」
END
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