第17章 その件については前向きにご検討ください(岩泉一)
「はじめくん、起きて起きて」
遠慮がちに身体が揺らされる。
電気が眩しい。右腕で視界を覆って、また目を閉じる。
「起きてよ、もう21時なったよ」
その声にはっとして起き上がった。なまえがにっこりと笑っている。「晩御飯、作っといた」
テーブルの上に、2人分の料理が並んでいる。
「まじか」
「いまどんな気分?」
「寝起きで手料理とか、最高の気分です」
そう呟いてテーブルへと移動する。なにこれ、幸せか?
「でもなんにもないから簡単なのしか作れなかった」
なまえが機嫌良さ気にそう言った。確かに、テーブルの上にはご飯と味噌汁、それから野菜炒めしかなかったのだけれど、独り暮らしの男子にはそれだけで感動である。いただきます、と両手を合わせた。
「お前料理できるんだな」
「貧乏学生は自炊するしかないの」
「貧乏最高」
夢中になって食べていたら、なまえがこちらをじっと見ていることに気がついた。目が合うと「新婚さんみたいだね」と笑うので、思わず噴き出しそうになる。やっとの思いで飲み込んで、「夜の21時だけどな」と言い返すと、いみわかんない、とまた笑い声。
なぁ、こんなのも悪くないんじゃないか?
食べ終わった後は、2人で食器を片付けて、自分は歯を磨いて着替えをする。そういえば、なまえはいつまでこの部屋にいるつもりなのだろうか。
時計の針は21時45分を指していた。バイト先には5分あれば到着する。いつも通りの時間だ。
「じゃあな、行ってくる」
玄関で靴を履いてそう言うと、なまえは少し眠そうに「何時に帰ってくる?」と甘えた声を出した。
「バイトが終わるのは朝の6時」
「わかった……寂しかったらはじめくんのお店行ってもいい?」
「絶対来んな」
「頑張ってね」
「ああ」
「気を付けてね」
「わかってる」
「できれば早く帰ってきて」
「はいはい」
「はいは1回」
「はいよ。鍵ちゃんと閉めろよ」
「うん」
「チェーンもかけろよ。最近物騒だから」
「わかってるよ」
会話が途切れる。
いってきます、ドアを開けたら、いってらっしゃい、と返事が返ってきた。
「ねぇ、こんなのも悪くないね」
なまえがそう言って笑うから、だろ?と言い返した。
END