第16章 願いましては(赤葦京治)
【7月】
木兎が部室に入ると、赤葦となまえが1つの机に向かい合うようにして座っていた。
こちらに気が付き、声を揃える。
「お疲れ様です」「おつかれ!」
「お、おう……おつかれ」
当たり前のように部室にいるなまえに突っ込むべきかどうか考えて、木兎は無言で着替え始めた。どうもこの2人がいると調子が狂う。
いつものようにジャージを脱いで、制服を身に纏う。
その間にも、なまえはゆっくりと澄んだ声を出していた。
「じゅようき、すいたいさいぼう、めいじゅんのう」
ハキハキとよく通る声に、ついじろじろと2人に視線を絡ませる。
どうやら赤葦が勉強していて、ノートに書いた文字をなまえが読み上げているらしい。
「むずいしんけいせんい、ししょうかぶ、すりこみ……」
小難しい言葉を並べるなまえの声に、木兎は我慢できずロッカーをバタンと閉めた。
「なにしてんだよ?」
そう聞くと、赤葦となまえがこちらを向いた。そして、
「俺たちなりの愛を育んでるんです」
「です」
さらりと答えるので、「はぁ?」と声が出る。
「意味わかんねぇし、そもそも、なまえは部活違うだろ」
「練習後くらいいいじゃないの。嫉妬は醜いわよ」
なまえは口を尖らせて反論した後、「ね、京治、次は”赤葦なまえ”って書いて」と甘い声を出した
「わかりました。”みょうじ京治”も書いていいですか」
「えっそのパターンもいいね?」
2人の周りにハートマークがちらついて、木兎は目眩を覚えた。
全く自分に構ってくれないこの状況に、いじけを通り越して怒りさえ湧いてくる。
もういい、今日は独りで帰ってやる。
「変な奴ら」
しょぼくれついでに捨て台詞を吐く。
ドアノブに手を掛けて、
いや、こいつらは出会った最初から変だったか、
と考えて乱暴に腕を引いた。
バタン、とドアが音をたてて閉まった。