第15章 放電(赤葦京治)
唇を舐められて、侵入してきた舌に声が出そうになる。
それを楽しむかのように私の舌を絡めとって、優しく歯を立てられた。
腰の力が抜ける。
ふにゃりと脱力した身体を、赤葦は抱き寄せて首筋に舌を這わした。
ん、と喉の奥から音が漏れてしまう。
同時に、頭上から声が降ってきた。
「赤葦、みーっけ!」
びくりと全身が跳ねる。
顔を上げると、隣の個室の上から、木兎さんが顔をのぞかせていた。
薄暗い男子トイレで、私達を見下ろす煌めくその瞳が、猛禽類のようで息が止まる。
目が合ってしまった。
木兎さんは、フクロウのように丸い瞳を歪めて、はぁ?とトボけた声を出した。
「誰?そいつ」
「誰って」
赤葦も落ち着いた様子で言い放った。「彼女ですけど」
「えっ!」
「え?」
私も目を見開いた。その反応に赤葦も「え、」と私を見る。
「赤葦、彼女いたのか」
扉の向こうから誰かの声がする。
「そこにいるのは木葉さんですか?いますよ、そりゃあ」
赤葦は面倒臭そうな、それでいて挑発するような声を出した。
「だから、あんまりじろじろ見ないでもらえますかね、木兎さん」
そう言って覆い隠すように私を抱きしめる。「さすがの俺も怒りますよ」
少しの間、沈黙が流れた
「木兎、帰るぞ」
木葉さん、と呼ばれた人が声を出した
「え、」
「いいから」
「でも」
「いい加減後輩離れしろ!おら!!」
「引っ張んないで!落ちる!!!」
バタバタと2人の気配が遠ざかるのを、赤葦の心臓の音を聞きながら息を潜めて待っていた。
やがてまた静寂が訪れる。
「良かったの?彼女って言っちゃって」
私は小さい声で聞いた。
顔を上げると、いつもの表情で赤葦がこちらを見ていた。
「この状況で、彼女じゃないっていうほうが面倒なことになるよね」
「確かに」
「というわけだから、」
赤葦はぐっと私に顔を近付けた。
ドキリとするけれど、逃げ場がない。あったとしても、逃げないけれど。
ネクタイを片手で緩めながら、赤葦が「今日は甘やかしてあげるよ」と囁いた。
言葉とは裏腹に、悪役のような低い声だった。
「いつもお礼に、ね」
END