第14章 capriccioso(澤村大地)
9月1日 (月)
約1ヶ月間の夏休みが終わり、今日から2学期が始まる。
澤村大地は、朝日に照らされて白くなった町の中を歩いていた。
いつものように、朝練に向かうついでに幼馴染みのなまえの家のインターホンを押す。
小学生の時は登校班が一緒だったから。
中学の時はクラスも部活も違っていたが、朝練に寝坊してしまうなまえの目覚まし役として。
高校に入ってからは惰性で。
大地は毎朝なまえを迎えに行く。
面倒だなんて思ったことはない。
むしろここまできたら、卒業まで続けちゃおうか、とさえ思っていた。
もう一度インターホンを押すと、なまえがいつものように顔を出した。
「あ、やっぱり来ちゃったんだ」
顔を合わせるなりそう言ったので「え?」と返す。
「お母さぁん、大地来たから行ってくるねー」
ローファーの踵を直しながら家の中に向かって叫んだなまえの荷物は、いつもよりうんと少なかった。
「行こっか」と歩き出した彼女の後を追いながら、「今日、朝練しないのか?」と尋ねた。「しないなら、連絡してくれればよかったのに」
吹奏楽部の彼女は、普段はジャージを入れるためのトートバッグとか、分厚い楽譜のファイルなんかを持って学校へ行く。
バレー部に負けず劣らず練習熱心な部だから、休みといえば盆と正月くらい。
例え始業式でも毎日朝練していたはずだ。
「しないよ。朝練、しないっていうか、」
彼女は照れたようにはにかんだ。「引退したの。一昨日の、東北大会で」
「あ、」
一昨日だったのか。
彼女にとって最後のコンクールがあることは知っていたけれど、自分のことで精一杯すぎて日程までは把握していなかった。
「東北大会って言っても、会場は宮城だったんだけどね。 エレクトロンホール。小編成だったら泊まりで秋田に行けたんだけどなぁ」
まあ、見慣れた会場だったから緊張しなくてすんだけど。と歩きながら笑う横顔がなんとなく寂しそうで、何と声をかけたら良いのか迷う。