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枡屋 〜艶が〜るの向こう側〜

第9章 別れ 【徳川慶喜】





「秋斉!秋斉!!」


そう言っても、秋斉は微笑むだけだった。


途端、秋斉は整った顔をくしゃりと歪ませ、膝から崩れた。


「秋斉さんっ!!」


「秋斉!?」


短い息をしながら、秋斉は近くの岩にもたれた。



「大丈夫だと、言っているだろう。…そう言えば昔も、こんなことがあったな」


唐突に、昔のことを話し出した。


小柄で運動神経の良かった俺は、木登りが得意だった。


それを真似て、秋斉が木登りをしたとき、頭から落ちたことがあった。


そのとき、俺はとても心配していたらしい。


「もういい…秋斉、喋るな…」


「血が…止まらない…」


青い顔をした艶子は、自分の上着を脱いで秋斉の傷口へ押し当て、圧迫止血をしてくれていた。


それでも、止まらない。





その後秋斉は、俺を逃がそうとした理由を話してくれた。


徳川家存続のためなんかじゃない。


むしろ、俺を守るために、


幸せにするためが、秋斉の狙いだった。


それを聞いた俺は、涙が止まらなかった。


俺や、兵たちを駒なんかとして扱っていない。


幕府のために鬼になろうとしたわけじゃない。


全て、俺のためだった。





「一緒に天下を取る約束、守れなくてすまない」


「艶子、慶喜を頼む」


そう言った秋斉の言葉は、遺言のように聞こえた。



秋斉に対して、艶子は涙をポロポロと零しながら、首を何度も縦に振った。








僅か経った頃、秋斉の手から力が抜け、その手を掴んでいた俺の手は、行き場がなくなった。



「…秋斉?……秋斉!?秋斉!!!!」


幾ら呼んでも、返事は返ってこない。


「……ぅ…くっ……」


大事な、大事な人が。


目の前で亡くなった瞬間だった。




大事な人と別れを告げなければならない辛さを知った。





「……秋斉ッ……」


俺の声は、虚しく宙を彷徨った。





END



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