第16章 滴る果実は囚われる
甘美な響きが届く。私たちを隔てている見えない壁を、まるで崩してやらんかのごとく。カミュのあまりに真剣な言葉に、瞳が揺れる。
「この身の全てを、お前に捧げよう。俺の想いに他の誰も敵うはずがない、それが例えお前の最も大切にする美風だとしても」
私の顔を覗き込むように、少しだけ身を離した彼の瞳と再び重なる。
「お前のためならば、俺はただの男になろう。お前を唯一愛する、ただの男に」
掴まれた手の甲に、彼はそっと願いを込めるように口付けを落とす。言葉を選びながら、たどたどしく「あの……」と口を開く。
「今は何も言うな。お前の中で、しっかりと考えた上で答えを聞かせてくれ」
「カミュが……そういうなら」
「時間だ。帰るぞ」
エンジン音がこの緊張を解く、走り出した車の助手席で私は心ここにあらずとなる。片手で器用にハンドルを握りながら、さりげなく重なる彼と私の手。
こんなにどきどきしているのは、何故?
なのにこんな時に、美風さんのことを考えてしまう私は……最低だと思う。