除籍を宣告された日から約1年。地獄の様な特訓を経て生まれ変わった一人の少女は、自らの力で除籍処分の撤回を勝ち取った。

大きな挫折を乗り越えた彼女はそう遠くもない未来『絶対に諦めないヒーロー』として多くの人々を希望を与えることになるのだが……。
これはその少女が本当のヒーローになる少し前のお話である。

少女、もとい隠技文花はとある悩みを抱えていた。
1-Aに編入して2週間、未だにクラスに馴染めていないのだ。

最もクラスメイトに一度除籍にされた1コ上の編入生を見下すようなみみっちい奴は(一人を除いて)いないので、彼女の気持ちの問題と言ってしまえばそれまでなのだが。

USJヴィラン襲撃事件、体育祭、林間合宿……。様々な出来事を乗り越え結束が深まった20人たちと比べると、やはり文花は自身とクラスメイトの間に見えない壁を感じていた。



しかし、そんな彼女に転機が訪れた。


「……という訳で、来月学園祭が行われる。各自帰りのHRまでに劇の演目考えとけ、以上」

朝のHRが終わるや否や、浮足立つ教室。

「劇かぁ、私は幼稚園のころトランプの兵隊やったなぁ！デクくんは？」

「……ぼ、僕は、"木"かな」

「爆豪はなんかねーの？」

「……ダリぃ」

「定番どころといったら『白雪姫』や『シンデレラ』といったとこかしら…？ケロ」

「女子の衣装がエロければオイラはなんでもいい！」


いつもの賑やかなメンツで一通り盛り上がった後、「ヤオモモならなんか詳しいんじゃね？」という雑な理由で話を振られた八百万は目を輝かせて答えた。

「学園祭であれば有名なお話の方がよろしいですわよね！『フィガロの結婚』や『トゥーランドット』などはいかがでしょうか？劇で使用する衣装や小道具でしたら私の"個性"で創れますので任せて下さい！」

圧倒的な生まれの違いを見せつけられたにも関わらず、庶民たちは「皆さんのお力になってみせますわ」とプリプリ頬を上気させて意気込む八百万を微笑ましく眺めてた。

「なんだっけ？フィンガーロケット？でいいよ」

「フィガロの結婚ですね！！」

上鳴のアホ丸出しの同意に食い気味で反応する八百万。

「ヤオモモー！それってどういう話なの？」と、乗り気の芦戸。「俺は、なんでもいい」と、普段通りクールな轟。

このまま全編イタリア語のオペラに決まってしまうのではないかと危機感を感じた緑谷は、なんとしても阻止しなければと丁度良く目があった隠技に問いかけた。

「ね、ねえ！隠技さんは何が良いと思う？」

〜隠技 side〜

「⁉︎私…？」

クラスメイトの緑谷くんに問いかけられて、無意識に肩が揺れて何度も瞬きしてしまう。

まっ、まさか私に声がかかるとは…！

「えーっと…」

聞かれたからには答えなきゃ…と思っても、上手く口が動かない。

聞かれたのは劇の話だから…「何が良い」は内容の話？それとも八百万さんが言った2つのうちどっちが良いかって話？それとも…

「隠技さん…？」

グルグル考えてたら、緑谷くんに首を傾げさせてしまった。

「と、取り敢えず！オペラは難しいと思う…よ？演劇の方が良いんじゃないかな…？」

私がそう答えたら、上鳴くんが驚いたように声をあげた。

「フィンガーロケットってオペラだったのか！」

そしたら教室の中には、「オペラはハードル高い」的な空気が流れ始めた。

「ヤオモモー、オペラは無理！」

「そ、そうですわね…すみません」

芦戸さんが両手でバッテンを作り、八百万さんは残念そうな顔をする。


「隠技さんは、何かお好きな劇などありまして？」

「えっ、うーん私は…『ロミオとジュリエット』とか『サウンドオブミュージック』とか」

私は、小さい頃に見た舞台を思い出しながら答えていった。

「『シーカの炎』…は、ダメか」

マイナー過ぎるし…

「シーカ？って何？」

芦戸さんも、他の皆も知らない様子…やっぱりそうだよね。

「えっと…私が見たのは人形劇だったんだけど、“幼児に合った内容じゃない”って理由で、ずっと前に上演停止されちゃったから…また見てみたいな…という小さな願望がありまして」

人形劇の上演停止以降、普通の舞台で復活する話が上がっては消え上がっては消え…今じゃ、知らない人が殆どの作品。

「いっつも本読んでる隠技さんが好きな人形劇か！」

切島くん、私は教室で会話に入れないから読書に逃げてるだけです。

「ねぇねぇ、どんな内容？教えて！」

葉隠さんから要望が上がると、他の皆の目も私に向けられた。

「か、簡単に言うと…王国の侵略を目論む蛮族の王を、王国の王子とその仲間が討ち倒す話…かな」

「王子様が登場する話って良いよね！」

葉隠さんの声が、なんだかいつもより弾んでる。

「主人公は、“王国の王子様”と“剣士の少年”。“シーカ”は王子様の仲間の一人で、蛮族に父親を殺された恨みを持つ女の子」