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一宵の舞

第5章 師匠の芸


 そんな会話をした後だったから、余計師匠の芸が見てみたいと思っていたのだが、やってくれと言ってみても見せてくれることもなく。そんなに見たいなら一の芸をやりこなしてからにしろと師匠に言われ、俺は俄然やる気を出して必死に練習を続けた。
 俺は一の芸を完璧にこなし、師匠の芸を見てからこの教室を辞めるつもりだった。俺は師匠の芸が見たいがために練習をしていた。
「もっと腰を使え!」
 師匠にそう言われたある日、俺は頭を使うのが苦手だから、正直何言ってるんだと思っていた。ジャンプをするだけなのに、なんで腰を使うんだ、と。
 ならば極端に腰を使ってやり過ぎだと言われてやろうと妙な負けず嫌いを発揮して、俺は腰を低く落とした。
 それから勢いよく跳ねた時、思った以上に高く飛び、俺は初めて宙で一回転をしたのだ。
 俺は素早く懐にあるお面を取り出した。あとは流れるように半回転して前に出た。
 出来た、と思った。
 それでも最後までやり抜かなくてはと息を止めてポーズを取ると、個々で練習している弟子たちは全く俺なんかに目もくれていなかったが、ただ一人、師匠だけが拍手をくれた。
「よくやったな」
「師匠……!」俺はすぐに師匠の元へ駆けつけた。「これで師匠の芸を見せてくれるんですよね!」
「そうだな」
 師匠はそう言って目を細めた。それから俺の肩に手を添えて、こっちに来なさいと別室に連れて行かれた。
 その部屋もまた和室だったが、そこはいつも練習している教室とは半分くらいの広さしかないところだった。他には高級そうな掛け軸とツボが置いてあって、こんなところで芸をやるのか? と思っていた。
 すると師匠が一人奥に行き、くるりとこちらに向き直った時には、見たこともない表情をしていて俺は目を見開いた。
 それからふわっと音もなく跳ねたかと思えば、今度は右に行って跳ね、着物の裾を振るって後ろを向き、両腕を広げてひらひらさせる。
 俺はその様を見て頭に浮かんだ言葉を自然と口にしていた。
「……蝶?」
 すると、師匠はこちらを振り向いて頷いた。
「そうだ」
 そこにいたのは役者の顔をした師匠ではなく、厳しい目付きで指導していたよく見慣れた顔に戻っていた。
「俺も、出来る?」
 俺の質問に、師匠はもう一度深く頷いた。
「練習を怠らないならな」
 こうして、俺は本気で、雅楽舞踏役者を目指すことになったのである。
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