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蜩(ヒグラシ)の宿─にの江大江戸人情帳─

第1章 純情恋物語編






だけど

頑として側室にはなりたくないと、若様の申し出を断ったあたしに待っていたのは

お家断絶と言う


武家に生まれた者が最も回避しなければならない事態だった



自分の我が儘の所為で、職を失ってしまった使用人たちに、あたしは何にもしてあげる事が出来なかった


悔しくて、悲しくて

まだ若かったあたしは、死のうとすら思い詰めた


でも

使用人たちは、口々に


「お嬢様があんなロクデナシの嫁になんぞならないで良かった

亡くなったお父上も、きっと同じ気持ちで御座いますょ」


そう言って、家を潰したあたしを励ましてくれた



だから、あたしは決心した

女手一つで何処までやれるか解らないけど

この江戸の町で独り、立派に生き抜いてやろうと





にの江「…兎に角、あたしには縁がある屋敷なんだ…

…あんたはココで、そのロクデナシの遊び人とあたしらの帰りを待っておいで


お智ちゃんは、必ず、あたしと潤之助さんが助けてあげるから」


翔吾「…………解りました」



翔吾さんは、可哀想な位肩を落とすと、仕方ないと言った風に頷いた



潤之助「にの江殿、参りますぞ」


にの江「…はい」



潤之助さんに促されて、裏門から中へ入るあたしの背中に、雅吉の声が聞こえた



雅吉「にの江、気ぃつけてな」


にの江「………あぃよ」



あたしは振り向かずにそう言って、裏門を後ろ手に閉めた





屋敷の中に入ると、早速若様にお目通りを願い出たのだが


案の定招かれざる客であるあたしらがすんなりお目通りが叶う筈もなく

若様はもうお休みだとか何とか言って、追い払われそうになった



でも、潤之助さんは一歩も引かず、重要で早急な話があるからと食い下がった



潤之助「お願いで御座います!どうか、若様にお目通りを!」


「しつこいぞ松本殿!」


潤之助「しかし…」


若様「なんじゃ、ウルサいのぅ!おちおち尋問が出来ぬではないか!」



潤之助さんと見張りの者とで小競り合いをしていたら、奥の間から間の抜けた声がした



(出たな、ぼんくら若様め)



あたしは奥の間の方を睨み付けた




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