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蜩(ヒグラシ)の宿─にの江大江戸人情帳─

第1章 純情恋物語編






(…翔吾さんの処へ…)



雅吉から又聞きした処によりゃあ

お智ちゃんも翔吾さんのコトを憎からず思っているらしい


潤之助さんの様子を見る限りじゃ、もう薬を用立てて貰う必要もないだろう


…と、すると

お智ちゃんは単に、翔吾さんに逢うためだけに翔吾さんの元へ出掛けてるってぇことだ



(…お智ちゃんも……本気なのかねぇ…)



よもや、ご自分の本来の身分をお忘れになった訳でもあるまいに…



潤之助「お智が、如何されましたか?」



もう既にややこしい関係になってなきゃ良いけどなんて思っていたら、潤之助さんが心配そうな声で言った



にの江「……潤之助さん」


潤之助「はい」



あたしは潤之助さんを真っ直ぐに見据えた



にの江「……お家騒動の方は、どうなっているので御座いましょう?」


潤之助「……何故、で御座います」


にの江「……芳しくないのですね?」


潤之助「………」



潤之助さんは凛々しい眉を顰めて黙り込んだ



あたしは

こう見えて昔、潤之助さんと同じ殿様に仕える家臣の家の娘だった


色々あって、一人娘のあたしが婿を取らなかった所為でお家は断絶しちまったけど

昔仕えていたお殿様とお家のことは良く知っている



だから

今、跡目を巡って一騒動起きていると言うことも…


何故

お殿様に信頼の厚い家臣の潤之助さんが、こんな貧乏長家に身を寄せているのか

それも全て、風の便りで聞き及んで知っていた



そして

お智ちゃんの、本当の身分も…



にの江「………潤之助さん」



(こんなコトを訊くのは、病み上がりの潤之助さんには酷かも知れないけど…

…お智ちゃんのためだ)



あたしは意を決して言った



にの江「では、ハッキリ伺います


…お智ちゃんは…


………いえ


智子姫は、いずれ、お屋敷にお戻りあそばされるのでございましょうか」



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