第5章 ピンチ…かもしれない。
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「…吉野先生、Kneel(ニール)」
「な…っ」
黒崎先生の突然のCommandに、俺はガクンと膝から崩れて床に座り込む。
「吉野先生はSubなんですよね」
「ど、どうしてそれを…」
「さあ、どうしてでしょうね?…高山蒼斗に言い寄られる吉野先生に、僕もDomとして興味が湧いてきまして」
見上げる黒崎先生の瞳が妖しく光る。
「教師と生徒ではなく、僕となら問題ないでしょう?」
スッと目の前にしゃがみ込んだ黒崎先生は、俺のあごに手を添えた。
「そうだな…僕が無理矢理にしたと思われると面白くないから…吉野先生、Attract(アトラクト/誘惑しろ)」
アルコールの残る頭では、黒崎先生のCommandに抗うことは難しくて。
いやでも…そもそも黒崎先生とならば問題ないのでは?
混乱する脳内でそう思った時、ふと過(よぎ)ったのは、あおの屈託のない笑顔と一瞬のPlayの後に感じた心地よい安心感。
あお…
本能で動こうとする身体とあおのことを思う気持ちの狭間(はざま)で、自分自身どうしたいのか、どうすればいいのか理解(わか)らない。
「いいですね、その混乱した顔……僕を誘惑するには十分です」
「黒崎せ…ん、んっ、んぅ…っ」
唐突に噛みつくように重ねられた唇。
間髪を容れずに入り込んできた舌は、容赦なく俺の口内を動き回り、静かな玄関に濡れたリップ音と時おり漏れる二人の吐息だけが響く。
「っ、はぁっ、はぁ…っ」
「ふふ…っ、その蕩(と)けそうな瞳(め)と表情(かお)……僕を誘惑するのが本当にお上手だ。吉野先生、ベッドルーム…行きましょうか」
唇を離してそう言った黒崎先生は、床にへたり込んでいる俺の身体を抱き起こす。
その時俺のズボンのポケットからスマホが滑り落ち、床で鈍い振動音を鳴らした。
「あ、で、電話…」
拾い上げた画面には知らない電話番号。
何か緊急の連絡かも知れないので、黒崎先生に断りを入れて電話を取る。
『…もしもし朔ちゃん?』
電話の向こうから聞こえたのは、あおの声だった。