第59章 それぞれの
「……………。」
菫は表情の乏しい父親の顔をじっと見つめるとどこか元気が無い事を悟り、そして視線の先を見てハッとした。
(……何て…親不孝な事を………。)
重國が言わなくてもラベルを見ればそれが二十二年前の物であると容易に分かる。
菫はこの席が特別であった事を悟ると同時に自身の浅慮さを恥じた。
「頂きます。」
重國は菫が漸くそう言ってグラスを持ち上げると少し肩の力を抜いた。
一方菫は一口飲むと目を丸くして口元を押さえる。
「思ったより葡萄の味が残っているのですね。お父様が仰った通り飲み易いです。わざわざ選んで下さってありがとうございます。」
そう言うとまた一口飲み、ぎゅっと目を瞑る。
「ですが…、この喉が熱くなる感覚は慣れるのに時間が掛かりそうです。」
その言葉を聞くと、重國は娘が大人になる瞬間を一つ見る事が出来たのだと悟った。