第5章 桜 色 の 泪[煉獄杏寿郎]
槇寿郎様が口を開くと、千寿郎君も嬉しげに返事をする。そんな柔らかい雰囲気にほんの少し気分が綻んで、ろくに味わうことができなかった味噌汁の出汁の香りが鼻からスッと抜けた。
「千寿郎君、頑張ってね! 私昨日ね、槇寿郎様に負けてしまったの」
「はい! 父上には負けません! はなさんの仇をとりましょう!」
「手加減はせぬぞ」
きっと、二人は私を気遣ってくれている。暗い雰囲気にならないようにと。
***
食事を終えて、片付けをして洗濯、掃除をする。気を紛らわそうとしても玄関ばかり気になってしまう。
空は青くて暖かいのに、それすらも切なくなった。
桜は満開になってからは終わりが早い。あっという間に散って、葉桜になってしまう。雨が降ったり、風が強かったらそれはもっと早くなる。
一向に帰ってくる気配のない様子に待っているのが辛くなってしまった私は、気づいたら足を外へ向けていて、手にはお弁当を抱えていた。
行き着いた先は大きな桜の木の下。前に杏寿郎様とお散歩していた時に見つけた秘密の場所。たった一本しか植っていない桜だけれど、大きくて悠々と枝を広げて花を咲かせる様は息をのむほど美しい。
敷布を敷いて腰を下ろせば、ハラハラと花弁が落ちてきて、正座した脚の上に一枚また一枚と降り注いでくる。
持ってきたお弁当の風呂敷を解いて蓋を開ける。その中身は杏寿郎様の好物ばかり。箸をとって卵焼きを一つ持ち上げた。杏寿郎様は、何から食べていたかな。やっぱりさつまいもご飯だろうか。
だめだ…下を向くと涙が落ちそうになる。せっかく綺麗な桜の下なのだから上を向こう。
杏寿郎様が例え桜が咲いているうちに帰らなくても、私の目に焼き付けておいて教えてあげよう。
本当は一緒に見たい。でも、泣き言なんて言っていられない。杏寿郎様をお支えすると決めたのだから。
それでも水っぽくなった目尻を指で拭うと、
「はな」
私を呼ぶ声が耳に届いた。ゆっくり振り向くと見慣れた人がいた。怖いと恐れられている人。でも、私は人一倍優しい人だって知ってる。
「不死川様?」
いつもの怖い顔が、今日は少し困ったような顔をしている。
杏寿郎様に用があるのだろうか? でもあいにく杏寿郎様は不在だし、私は情けない顔しているだろうし、申し訳なさで穴に入りたくなった。
