第9章 玖章
「あ、カレンダー変えなきゃ」
初出勤から今日で約1月が過ぎようとしている。私のいる八大地獄には四季らしい四季はないけれど、それでも時は過ぎる。
カレンダーを捲ってみれば、弥生、の文字。閻魔殿はいつも蒸し暑いけれど、現世では桜やら桃やらが咲き始めているのかもしれない。
それを鬼灯さまが肩越しに覗く。
「もう1月も経つんですねぇ」
しみじみといったふうな声。
「そんなに経っていたなんて今知りました」
閻魔殿の窓から覗く空は昼と夜ほどしか変わりばえがなく、少しだけ寂しいと思う。
可笑しいなぁ。現世にいたときは春になって花が咲いたことにすら気づかなかったのに。
自嘲気味に笑ってみれば、鬼灯さまが独り言のように呟いた。
「花といえば、此処らには金魚草しかありませんからねぇ」
金魚草…あの奇妙な植物群を私の上司はいたく気に入っているようだ。
「あれだけでは、少し寂しい気もします」
思いついた事を口に出してみれば、鬼灯さまは何やら思案したように首を傾げた。
「それなら、少し外に出てみましょうか」
「え?」
突然の申し出に自分の首も傾ける。一月前に外に出るのを止められたのも突然だったと思い出す。
「良いのですか?」
だって、あの時はあんなに怖い声でいけないと。
「いくら外に出る用がないからといって、閻魔殿の中ばかりでは息も詰まるでしょう?まぁ、現世と比べれば地獄はあまりにもお粗末でしょうが」
「…たしかにそうですが…」
息が詰まる、という点において、鬼灯さまには賛成だ。
刑場か…。
説明書きや書類で、ある程度知識はあるが実際に見るのは初めてになる。
ひと月ほど前の、鬼灯さまの言葉が昨日のことのように蘇ってきた。
「…動物に食いちぎられる…」
グロいんだろうなぁ…
B級のスプラッタムービーなら見たことがあるけれど、あれとどっちが怖いんだろう。
でも、慣れるしかないよね。
まずは初めての一歩。一歩、大事。
「じゃあ、書類。まとめちゃいますね」
「はい、急いでください」
昼食後に閻魔殿の玄関に来るように告げて、鬼灯さまは何処かへ視察の準備をしに行ってしまった。