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Time to Time ーAS・Lー

第33章 コック


白ひげは少し縁があると言っていたが、マルコとサッチからしたら、特に彼女に情がある訳ではない。むしろ、彼女を船に乗せることに異論はある。しかし、それを唱えなかったのは、エースがここまで言うのだから相当な女なんだろうと、言ってしまえばただの興味本位が動いたからだ。

女っ気が皆無の末弟が連れてきた女、初対面の白ひげに怯むことなく立ち向かったその根性を見て、マルコとサッチは期待したのだ。

どんな女なのか、と。

しかし実際、サッチは自分の思い描いた強く凛々しい印象を打ち砕かれた。一緒に働いて分かるが、ユキは本当にただの女だった。腕っぷしもなく、あくせくと働くその姿からは町娘となんら変わりない。きっと、海賊には見えないのは確かだろう。

あの時の激情に燃えるような瞳も今はただただ静かに凪いだ瞳をするだけで。その可愛らしい顔がニコニコと愛想良く飯を盛り付けるものだから、飢えた野郎どもはその笑顔にデレデレだ。エースの話にあったような、弟のためにその身を差し出したり、復讐を遂げたりするようには、到底見えない、ただのどこにでもいそうな女だった。

しかし他と違うとこは、怖いものがない、というところか。キッチンに出るあの黒い虫にも叫び声一つあげずにキッチンペーパーで掴みとった時は、周りにドン引きされていた。

虫が怖くないならば、と怪談話を持ちかけるコックも、ユキの愛想のいい笑顔が最後まで崩れなかったことに、『俺、あの笑顔が怖ェんだけど』と顔を若干青ざめて帰ってきた。後から聞けば、『大事なものを亡くすこと以上に怖いことって、なんですか』そう尋ねられた。

サッチは、コック達ともクルーたちとも決して笑顔を崩さずに楽しそうに話すユキに、宴の時から感じていた違和感がどんどん膨れ上がるのを感じていた。
人からの悪意に慣れてしまった人間は、簡単に人を信じることはできない。それを知っているからこそ、どうしてそんなにニコニコとしているのかが分からなかった。
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