• テキストサイズ

【テニスの王子様】願わくばその手のなかで

第1章 1


「ねぇ、先輩。もういくつ寝ると、バレンタインデーだね。」
正確には三日後。
リョーマは机の表面に頬を押し付けて、寝そべるような格好で言う。
カウンターの内側で図書カードの整理をしている彼女は、ほとんど単調な様子で「そうね」といった。
リョーマは、微かに唇を尖らせる。
「チョコ欲しいなぁ。」
「キミならたくさんもらえるんじゃないの?ファンがたくさんいるでしょ。」
今度はリョーマの眉間に皺がよる。
「そうじゃなくてさぁ。」
どうしてこうも、この人は他人事なんだろう。
どうしてこの人はこうも意地悪なのだろう。
普段は。
物凄く勘が良くて。
馬鹿みたいに聡い人のくせに。
「そうじゃなくて。」
リョーマが言葉を強くして説明をしようとすると、ぱちんと彼女が掌を一つ叩いた。
言葉がさえぎられる。
冬の日の氷を思い出させる冷たい瞳でリョーマを見つめ。
「今は仕事の時間よ。雑談なら他の人相手に他所でしなさい。」
そう言うと、彼女はまたもくもくと仕事に戻る。
リョーマはきゅっと唇を噛んで、頭を起こした。
別に哀しいわけじゃない。
こんなことで哀しいとかは思わない。
いちいちそんなことを思ってたら、この人とはやっていけないからだ。
この人の姿は。
天使みたいに。
聖母みたいに。
慈悲深く慎ましやかで美しいけれど。
その心は地底で天上を見つめて、神に復讐を願う堕天使のように凍てついている。
リョーマは今度は頬杖をついて、彼女を見つめた。
俯いた瞳の上に前髪がかぶさる。
白い頬。
背の高い明り取り用の鎧窓から差し込む白い日差しが、彼女の頬に暖かな陰影を刻む。
背中に零れる黒髪が、光の粒子をまとったように金色にきらめいていて。
とても綺麗だと思った。
初めて彼女を見たときから、リョーマの中で彼女に対する第一印象はまったく代わっていない。
彼女のどんな姿を見ても。
どんな言葉を聴いても。
それがあらゆる醜い罵り言葉でも。
酷い嘲りでも。
憎しみのこもった瞳で睨みつけられても。
無視をされても。
それでもこの人を。
リョーマは天使のようだと思うのだ。
迷いなく。
彼女を綺麗だと思うのだった。
/ 8ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp