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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第22章 落花流水 前



「凪」

低く潤った声が名を呼べば、明らかな安堵を滲ませて凪が光秀へ振り返る。その事実に何処となく胸の痛みを覚えた家康が、しかし早く凪を若旦那から遠ざけるべく、彼女を促した。

「出掛けてる途中だったんでしょ。どうせあいつ等はただの町のごろつきだし、後は任せて楽しんで来なよ」
「う、うん…ありがとう家康」

家康に声をかけられ、ぎこちなく頷いた凪は促されるままに光秀の元へ近付く。凪へ一度視線を向けた後、光秀と家康がさり気なく視線を交わし合い、それを受けて家康が小さく頷いた。そうして二人が店を後にして行く様を、彼はただ静かに見つめる。表で待っているだろう三成と共に城へ向かう為、家康は元々この店を訪れた用件を手早く済ませてしまうべく、微かな嘆息を落として身を翻したのだった。


─────────────────…


城下の外れ、昼日中であっても人通りの少ないその場所の、更に裏通り。家屋の壁に背を預けていた男の元へ、一人の粗雑な身なりをした少年が駆けて来る。小柄で少し痩せ気味な少年の姿を視界に捉え、背を預けていた男が彼の前に片膝をつき、視線をあわせた。

「どうでした?坊や」
「さっき三人の男達が、縄で縛られて城の方に連れて行かれたよ」
「それはそれは。他には何か起こっておりませんでしたか?────…例えば、薬草問屋の大店(おおだな)で、大火(たいか)など」
「ううん、何も!」

少年の言葉に耳を傾け、男は深い真紅の眼をそっと眇める。白い肌が映える整った端正な面(おもて)と、右目の下の泣きぼくろが特徴的な彼は、投げかけた問いに首を無邪気に振った少年相手に首をゆったりと傾げた。その拍子、腰まで伸びた長い貫庭玉(ぬばたま)の髪が肩から滑り落ちる。

「はて……では、男達を連れて行ったのは、どのような者達で?」
「石田様と徳川様、あとは普通のお武家様!」
「ふむ」

すらりと長い指だけを覗かせる形で黒の細布を巻いた手を、自らの顎へそっとあてがった男は、少年の返答を耳にすると伏目がちに視線を横へ投げた。何事かしばし短く思案した後、やがて少年の方へ意識を向け、にっこりと人の良い笑みを浮かべる。

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