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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第22章 落花流水 前



店内には多くの棚が置かれており、その上には大小様々な蓋付きの壺が並んでいた。薬草は主に生薬として加工されたものと、未加工のものがあるが、凪が主に行商で目にしていたのは、群生地で生えているものを採取して来た未加工のものばかりだ。機械も何もないこの時代、薬草をよく洗ってかなりの日数乾かしたものを刻んだり、すり潰したりして調薬する。加工の段階でもかなり時間がかかってしまう為、そのまま使える種類のものならばともかく、気候などに左右されて収穫量が変わり、手間暇がかかってしまうのが生薬の難しいところである。

壺の蓋を軽く持ち上げ、その中身を目にした凪は驚いた様子で眼を見開いた。

「これもしかして沢瀉(たくしゃ)?日ノ本だと北の方でしか採れないやつだ」

主に頭痛薬などに用いられるそれは、寒い地方に群生している為、安土近辺では滅多に御目にかかれない代物である。蓋を閉ざして別の壺を覗いて見ると、隣のものも現代では割と容易に手に入るが、この時代ではそう見る事の出来ない生薬ばかりで、つい夢中になって色んなものを見て回った。

普通、凪くらいの年頃の娘ならば、小間物屋に売られているような櫛や簪、髪飾り、帯留めなど、自らを着飾るものを好む傾向にあるものだが、やはり彼女は変わっている。しかし、楽しそうに珍しい生薬を見ている姿は明らかに浮足立っており、光秀はふと眼差しを和らげた。

(山城国でも、行商の薬草に気を取られていたんだったか)

あの時はこれ幸いと凪をその場に置き去りにして立ち去った光秀だったが、思えば九兵衛に見張らせていたとはいえ、よくそんな事が出来たものだ。今では到底信じ難い話ではあるが、あれをきっかけに凪の間者疑惑を晴らしたのだと思えば、どんな理由であれ、おそらく必要な事だったのだろう。

(興味の矛先は相変わらずだな)

綺羅びやかな装飾や反物ではなく、人によっては用途の分からない無価値と判断されてしまうそれを見る凪の眸は嬉しそうで、そんな彼女を目にしているだけで光秀の心も暖かいもので満たされて行く。山城国へ訪れたあの日から、およそひと月ばかり。ようやく果たす事が出来た約束に、光秀は胸前で腕を組みながら凪の横顔を見つめた。

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