第1章 【氷月】ちゃんとお嫁に来て下さい
カンッ、カンッ
とある街の、とある道場で響く音。中では2人の選手が槍を交えていた。背丈は同じくらい。どちらも低く、小学生位の子供だろう。
やがて、右手側の選手がスッと左足を軸に大きく後退する。反射的に左手の選手が引き離さまいと前進しようとするーーその刹那。
ギュルルルルル……
ダンッと踏み出した右足で素早くうねる様に回転する槍先。カンッ、カンッ、カンッ…
左手の選手である少年ーー氷月の槍が落ちた。
あまりの勢いと速さのせいで、衝動と共にべたん、と尻餅をつく。
「勝負アリ!桜子!!」
審判が叫ぶ。と同時に、先程までの相手がふぅと息を着くと、「大丈夫?」と手を差し出した。
「……ごめんね。痛いでしょ」
「これくらいどうって事ないよ」
氷月はそっぽを向いて、手を払い除ける。
目の前の敵ーー桜子をキッと睨んだ。
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「今日から新しく入った、東宮院桜子君だ。皆よろしく頼む」
「東宮院桜子です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた少女は、同じ小学生とはいえ女の子だし、線もとても細い。ニコニコと笑う姿からはとても武術に向いた人物には見えなかった。
(この子は伸びない)
最初は誰もがそう思った。ーーそれは初めのうちだけだった。そこで彼女を心中で見下した生徒たちの上に、今彼女は君臨している。
尾張貫流槍術は、習得までにとてつもなく長い月日を要する。それを瞬く間に習得仕切っていたのだ。
誰もかなう訳が無かった。誰もが認める、天才だった。きっと彼女は武神の加護がある、と師範ですら言うくらいに向いていたのだ。
少なくとも、彼女が来るまでは自分が一番だったのだ。自分が一番、『ちゃんと』練習をしていたし、強かった。
氷月は今夜の晩御飯の事を思うと、また憂鬱になった。
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「今日も桜子君は試合で全勝だったそうだな、氷月。」
ビクッ。氷月の両肩が思わず反応する。何とか息を整える。「はい、お父様」
父の鋭い瞳が氷月を映す。睨んでいる訳ではないのに、それだけで蛇に睨まれた蛙の気分だ。
「毎日朝練も欠かさず、いつも遅くまで練習し、学校帰りもスグに道場に行く様だな。私が見る限りでも、素晴らしい選手だ」
その位の練習なら自分だってやっている。ーーそう言いたい気持ちをぐっ、と堪えた。