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月夜の欠片

第12章 好きなもの


屋内にある能舞台の前に着席すると、今まで心弾ませそわそわしていたは初めての空間に緊張しピタリと体の動きを止め、ジッと能舞台を食い入るように見つめ出した。

まだ開演まで時間があり観客もまばらなので、杏寿郎はの髪をゆっくりと撫でその緊張を解すように視線の先に自分の顔をピョコと覗かせる。

「緊張しなくて大丈夫だ。気軽に楽しんでくれればそれでいい。今日の演目は羽衣と言ってな、母上も好きなものだったんだ。漁師と天に住まう天女の物語で、見ていると穏やかで優しい気持ちになれるぞ」

つまり杏寿郎と母親との大切な思い出の詰まった演目ということになる。
まさかそんな思い出の詰まったものだとは夢にも思っていなかったは、すぐ隣りに腰を下ろしている杏寿郎の手を握って目を緩やかに細めた。

「大切な思い出に私を混ぜて下さってありがとうございます。杏寿郎君とお義母さまが好きな羽衣……しっかり目に焼き付けます。素敵なお話に違いありませんから。元々すごく楽しみでしたが、より一層楽しみになりました」

「君だからこそだ。俺の……俺や母上の好きなものを君に見て欲しかった。沢山の思い出をこうして作っていこう!次はの好きなものを教えてくれ!」

「光栄です。素敵な思い出で溢れて幸せしか私の中にないくらいです!私の好きなもの……えっと、生くりぃむを食べたいです。以前に柱の方々と甘味処で食べた生くりぃむ……よろしいですか?」

娯楽を知らないの好きなもの……食べ物だった。
それが飾らないらしくて、杏寿郎は笑みを深めて大きく頷いた。
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