第51章 約束〜明智光秀〜
蘭丸くんが帰り、私がいつものようにお寺の拭き掃除をしていると通りかかった顕如さんの眉に皺が寄る。
「…大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
「また転ぶんじゃないのか?」
「私、顕如さんに信用されてないですね…」
「信用されるような行いをしていないだろう?」
…確かに。
掃除の時に毎回転んだりぶつけている私は、信用されてないのは頷ける。
顕如さんは心配性だな。
蘭丸くんの面倒見の良さは、顕如さんの影響だろう。
顕如さんは不思議な人だ。
私には決して触れないのに、まるで包まれているように暖かさを感じる。
噂に聞いていた顕如さんとはだいぶイメージが違う。
優しくて、とても良い人だ。
初めこそ無口でとっつき難い人のように感じたが、私のやらかす失敗や不器用さに見て見ぬふりが出来ずそっと手を貸してくれた。
この時ばかりは器用じゃないことが良かったと思った。
顕如さんと話すきっかけが出来たから。
「次は何をするんだ?」
「あ、ご飯の用意を…」
「俺も手伝おう」
「でも、顕如さんは他にやることがあるんじゃ…?」
「お嬢さんが一人でやってまた怪我するんじゃないかと心配で気が気じゃない。その方が効率が悪い」
「そ、そうですね…。いつもすみません」
私がちらっと顕如さんを見上げると、眉を下げて苦笑している。
目の奥が優しい…。
一人一人は良い人なのに、乱世というのはなぜ争いが起きてしまうのだろう。
仕方ないのことかもしれないけれど、悲しいな。
私は、この人のこと全然悪い人に思えない…。
きっと、私がお気楽で平和な世から来た娘だからそう思うだけなのかもしれないけれど。
「ところでお嬢さん…」
「はい?」
「夜は眠れているか?」
「あ、えっと…。はい」
「本当か?」
「……」
「別に嘘はつかなくて良い。この目の下のクマや時折ぼんやりしてしまうのは、寝不足だからではないか?」
「……本当はあまり眠れなくて」
「無理することはない。体調が悪いなら言いなさい」
…ほら、やっぱり優しい。
どうしたら良いかわからないくらいに、慈愛に満ちた眼差しで見られている気がして。
私は戸惑ってしまう。