第3章 月満ちる夜
「そっ、そんな事ないです。褒めすぎです。きれいなのは私ではなく着物です・・・」
キリカはかぶりを振った。『愛らしい』その一言が、キリカの心を激しくかき乱していた。
「数ならぬ身の私です。褒められると真に受けてしまいます・・・」
うつむき、囁きのようなか細い声で言った。頬や耳が熱を帯びているのを感じる。何故だろうか。黒死牟の言葉の一つ一つが心に迫ってくる。こんなに切ないのは生まれて初めてだった。
「キリカ・・・」
「・・・・」
黒死牟が、キリカの火照った頬に手を当てた。そのまま、キリカの耳に囁きを落とす。
「自信を持て・・・。お前は美しい・・・」
「・・・・っ!」
キリカが顔を上げた。が、どんな顔をすればいいのか分からない。狼狽えるように視線を反らした。が、その視線を追いかけるように、黒死牟がキリカの顔を覗きこんだ。
キリカの惣闇色の双眸と、黒死牟の漆黒の双眸。二人の眼差しが静かにぶつかり合う。
「キリカ・・・、私は・・・」
黒死牟が思い詰めたような表情でキリカを見た。何かを言おうとしたが、途中で諦めたようだ。
キリカは黒死牟の真意が汲み取れず、不安げに問い掛けた。
「黒死牟様・・?どうかされたのですか・・?」
「いや・・、何でもない・・・」
言って、黒死牟は遥か遠くを見るような眼差しをした。去来した感情をゆっくり振り払うかのように。再度、キリカを見つめた時は常と変わらぬ様相であった。
「キリカ・・・」
「はい・・・」
「良かったら私の屋敷に住まぬか・・・?」
黒死牟が、キリカの手を取った。
「あの屋敷は一人で住むには些か広すぎる・・・。悪い話ではないと思うが・・・」
「ご迷惑ではありませんか・・?」
「お前がいると空気が華やぐ・・・。いて欲しい・・」
「はい・・・。お言葉に甘えさせていただきます」
返事と共に、キリカは黒死牟の手を握り返した。手は少しヒンヤリとしていたが、触れていると不思議と安らぎを感じた。
曇りのない月が二人を見ていた。