第4章 薔薇を塗ろう トレイ・クローバー
「もうそろそろ…か」
俺は懐中時計を開けて秒針を見つめる。
さっきが鏡の中に入っていってから30秒がたった。
靴のかかとを鳴らす音が鏡の間に響く。
すると黒髪を携えた頭が鏡から出てきた。
「ううっ…トレイ先輩…」
頬を伝う涙。
震える赤いくちびる。
ーあぁ…可愛いよ、…
俺はに近づいて、腕をとると、自分の胸の中に寄せた。
はおずおずと俺の背中に腕を回し、頬を擦り寄せる。
「私…トレイ先輩が好きなんです…うぐっ…ひっく…帰れたのに…トレイ先輩のことが頭から離れなくて…」
溢れ出した涙が俺の服を濡らしていく。
そんなことはどうでもよかった。
がここにいるだけでいいんだから。
「ここにいた方が幸せだったことに…帰ってから気付くなんて…トレイ先輩に、ひぐっ…寂しい思いさせて…私…私…ううう…」
胸の奥が痛いくらいに疼く。
なんて可愛いんだろう。
誰にも染まらずに俺の色に染まる。
でも、俺はお前の前では『いいトレイ先輩』でいなくちゃならない。
「俺はが戻ってきてくれて嬉しいよ。ここで幸せになろう」
「トレイせんぱ…んぅ」
涙の味がする唇に俺は口付けた。
暖かくて柔らかくて小さい唇は俺の中にある欲望を駆り立てる引き金になるには十分すぎるくらいだった。
俺を呼ぶその唇も、俺を抱きしめるその腕も、俺を求めて見つめるその瞳も、全部俺のものになればいい。
唇を離しての顔を見ると、頬に朱色を散りばめさせて惚けた顔をしていた。
「もう夜も遅いから戻ろう。送っていくから」
「はい…」
闇夜に照らされてなお欲望は浮き彫りになっていく。
_さあ、薔薇を塗ろう_