第1章 海王ポセイドンの憂鬱
とある海の底。海王ポセイドンは相棒のイルカに乗って海中を巡回していた。
「キュー!」
「ああ、今日も我が海は平和なようだな」
海上に顔を出すと、穏やかな波がポセイドンを迎えた。抜けるような青空が広がり、太陽がさんさんと輝く。
「ふっ。アポロンの奴も張り切ってるな」
再び海中に戻り、ねぐらへと帰るなりベッドに寝転がる。
「はーーっ。毎日毎日同じ景色ばかりで飽きて来るぜ。何かこう、パーっとした変化がほしいな」
「キュー!キュキュー!」
「オゥケーイ。わかってるさ、相棒。平和なのはいいことさ。いいんだけどな、たまには変化が欲しくなるってもんだ」
色鮮やかな魚たちもポセイドンを慰めようとするも、それすら見飽きてしまっている。
「ああ、お前たちもサンキュー。だがすまん、少し眠らせてくれ」
イルカと魚たちは顔を見合わせた。海の仲間たちの心配をよそにポセイドンは背を向け、眠りについてしまった。
海王ポセイドンは海の神であり、三叉槍を手にして海水を自在に操る力を持つ。その海で魚捕る漁師たちから恐れられ、海が荒れないよう毎年供え物を流してもらってはいるが実のところ、海が荒れるのは機嫌が悪い時なので、内心申し訳なく思っている。従って機嫌が悪くなる前に眠ってしまおうという結論に至った。
しばらくして目を覚ましたポセイドンは、新たな供え物が届いているのを見つけた。
「おっ、今回は牛か。これは嬉しいな」
海を司る割に肉が好きだという事実は漁師たちの間でも知れ渡っている。ポセイドンは嬉々として牛を持って帰った。捌いているとサメたちがやって来る。
「オー、アイシー。分かったから待て」
肉をサメたちに分け与える。他の肉食魚もそのおこぼれをいただく。これが供え物で肉が来たときの光景だ。
「ふー。久しぶりに堪能したな。やっぱり肉は最高だぜ。だが人間たちも必要だろうからな」
再び腹ごなしに巡回に出掛けた。今までよりも少し遠くへ出向く。
「ん?あんなのあったか?」
それは沈没船だった。随分前に沈んだらしく、至るところに海藻やフジツボがついている。ポセイドンはイルカから降りると船内に入っていった。船内には骨と化した人間が数人いて、その下には主を失った装飾品が落ちていた。
「ふん。愚かな人間どもめ。我が海で好き勝手するからこういう目にあうんだ」