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黄金の草原

第1章 思ひせく胸のほむらはつれなくて涙をわかすものにざりける




いつの帝の時代であっただろうか、『花街』として栄える街の一角にある小さな旅籠(はたご:小さな旅館)に、今年で17を数える少女が働いていた。

店の主人は彼女の父にあたる人。彼は温厚な性格で滅多に怒らず、学校に行けない娘の為に、本を集めていた。

本は全て、旅籠の奥間で管理され、仕事にひと段落した娘の娯楽部屋だった。


「ひろよ、また腕を上げたね」
「お父様! ありがとうございます!」


娘の名は陽露華。ひろの愛称は近所ですっかり定着している。

台所で味見をする父は、穏やかに微笑んだ。


「お父様、夕餉の支度が済みました。配膳致しますか?」
「ああ、そうしよう。私がお客様に持って行こう」


盆に、決して贅沢でない食事が乗せられて、父はゆったりと歩き出した。

台所を出ると茶の間に出る。茶の間をまっすぐに横切ると縁側に出る。縁側を2部屋分の障子に沿って進めば、家鳴りが酷い階段に突き当たる。

父は落ち着いた足取りで、一歩一歩大切に踏み鳴らして登る。

陽露華は父の足音を聞きながら、自分と父の分の夕飯の配膳を行う。茶の間に2人分の、客より質素な料理を並べていると、「ごめんください」と玄関から声がかかった。

陽露華が玄関に向かうと、風呂敷包みを抱えた同じ歳の少女がいた。


「葵、いらっしゃい」
「ひろ、うちの新作やで!」


陽露華が玄関に正座すると、葵は腰掛け、風呂敷包みを広げた。

中には3つの紙袋が大中小であった。


「大きいのが今日の売れ残りや、おじさまと分けて食べとくれ。中くらいのは弟妹の失敗作やけど、味は問題ない。ほんで小さいのがうちの新作や!」


陽露華は小さな紙袋を開けて、中を取り出す。ころりと出てきたのは、紅梅の饅頭。


「すさまじきものとは、この事でしょうね」
「ひろ! 心外や!」


今は4月故、梅は季節外れだ。
陽露華はそれでも、どこか懐かしそうに饅頭を頬張り、ゆっくり嚥下する。
葵はむくれているが、陽露華の感想を待つ。

陽露華は全て飲み込み、頷くと感想を言う。


「梅の香りが素晴らしいです。しかし、餡が少し硬いですね」
「やっぱり、強く握りすぎか?」


葵の質問に、陽露華は少し考えて、答える。

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