第821章 雨のち…
今年はいつになく局地的な暴風雨や線状降水帯での長時間の大雨が続く。
「…もうこの傘は役に立たないな」
あまりの暴風雨に持っていたビニール傘はすでに呆気なく壊れている。
このまま小雨になるまで雨宿りしているか?、諦めてずぶ濡れになるか?
俺は駅から出られずにいた。
「…あら?祐司くん?」
呼ばれて振り返るとどこかで見覚えのある女性がいた。
「え?………」
「何?…まさかと思うけど、私の顔忘れてないわよね!?」
女性は持っていた本で俺の頭を軽く叩いた。
「いてっ、…もしかして…文姉?」
その女性はうちの隣に住んでいる幼馴染みの文子さんだった。
「だって、昔と全然違うじゃん!
分かんねぇよ!」
幼馴染みと言っても7歳も年上で、中学生くらいの彼女しか知らなかった。
いつも本を読んでいて、俺が悪戯するとその本で頭を叩かれた。
親の話では、東京の高校、大学に進学し、そのまま就職したから10年以上は顔を見ていない。
そういえばお袋が「帰ってきてる」って言ってたっけ…。
「…帰るんでしょ?」
文姉が傘を差し出した。
雨も少しは勢いが弱くなってきている。
俺は傘を受け取ると、文姉が濡れないように少し傾けた。
「へぇ~、ちゃんと気を使えるんだ」
「茶化すなよ
俺だってもう大人なんだからな」
文姉はニカッと笑うと身体を寄せてきた。
「…それじゃあ、甘えちゃおうかな」
文姉の甘い香りに俺はちょっとドキッとした。
「お、おう…
…それよりその花は?」
「これ?…母さんの命日だからね
菊の花、好きだったから…」
文姉の母親は三年前に亡くなっている。
「…あぁ、それで帰ってきたんだ?」
「…あれ?おばさんに聞いてない?
父さんが心配だからこっちで暮らす事にしたのよ
またお隣さんとしてよろしくね」
田舎暮らしに飽き飽きしていたが、文姉がいるなら悪くないかも…。
end