第16章 :*・゚* くちびるにスミレ *・゚・。*:
汗ばんだ身体に意識を向ければ、湯浴みと聞いたとたんに水浴びしたくなってくる。
実弥にはなにからなにまでお世話になりっぱなしだと、頭が下がる思いだ。とはいえ夜の任務に備え、このくたくたになった身体を正常に戻さなければならないことは確か。
「···それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらっても?」
「ここはもうお前の家でもあんだから気兼ねなんざするこたねェよ」
「ねえ、実弥はしばらく遠出の任務はないの?」
「ああ、まァ突然伝令が飛んでくるかもわからねェが、現時点ではねぇな」
「じゃあ朝ご飯も一緒に食べられそうね。帰ったら私作るわ」
「······無理はすんなよ」
「今実弥の眉間の辺りにとても大きな不安が渦巻いている気がするのだけれど」
「気のせいだろう······だが···くれぐれも無理はすんなよ」
「二回言った」
しかも強調された。が、ぐうの音も出ないのが悲しいところである。
お米を炊けば土鍋ごと駄目にしてしまったり、茹で加減がわからずに小豆を爆発させてしまったり。他、星乃には口にするのも恐ろしくなるほどの料理失敗談がいくつもある。
実弥はそれらをほぼ把握しているのだから強調するのも当然だ。
けれど、以前に比べて魚は焦げつかせず焼けるようになったし、(三回に一回は失敗するけれども) 卵焼きだって上手く巻けるようになってきたのだ。(日によってとても甘かったりとてもしょっぱかったりするけれども)
なんとかなるわよ。
星乃は自身を鼓舞するように、内心でよし、と気合いを入れた。
「ほら、身体冷やすんじゃあねぇぞォ。休むんなら何か羽織れ」
剥き出しの肩にふわりと羽織をかけられる。
実弥は着流しを適度に正すと、その足でふすまに向かって歩き出し、「···いいもんだよなァ」と呟いた。
「うん?」
滑らかにふすまが横滑りする。
外から射し込んだ淡い光に、星乃は一瞬双眸を細めた。
「帰ったら、家に誰かがいるっつうのは」
陽光に透けた色素の薄い髪の毛が、儚げで、とても綺麗だったから。