第1章 眠り姫
これは壁が破壊されてから数年たった頃の話。
我らが調査兵団が誇る、国内でも最大級の図書館には眠り姫が居るらしい。
"眠り姫"という単語だけ聞けば、可愛らしい話なのかもしれない。
おとぎ話で聞くようなメルヘンチックで夢のあるもの。
しかし、此処にいる眠り姫はそんな夢物語で片付けられるほど甘く軽いものでは無かった。
***
眠り姫は陽光を浴びて自室で目を覚ます。8人用の女性部屋で眠っていたのは彼女だけだった。
なぜか、ルームメイトがみんな死んだ、とかいう不謹慎な理由ではない。時刻はもう既に午前10時過ぎ、きっちりとした生活リズムを訓練兵時代に叩き込まれた兵士がこんな時間まで眠っている方が、逆に不思議になる。
皆から眠り姫という呼称を受ける彼女の名前はリサ・キスレット。
ウォールシーナ西部の突出地区ヤルケル区出身のまだ成人していない少女だ。
そんな彼女は大きな欠伸をして身を起こした、ぎし …と古びた木製のベッドが心地よいとは言えない音を立てる。
が、そんなものは意に返さず着ていた衣類をテキパキと脱ぎ始める。何を始めるのかと思えば単なる着替えに過ぎないらしい。
枕元…否、寝ているうちに180°回転してしまったから今となれば足元になる…そこに置いておいたスラックスと大きめのサイズのTシャツとロングカーディガンを羽織ると二段ベッドから降りた。
そして、自身の戸棚から櫛を取り出し簡単に髪をとかしていく、彼女の持っている黒髪は癖毛故に絡まりやすい、なので時折ぶちぶちと音がする。その度に表情を顰めているのは言うまでもない。