第10章 trill

明け方になって、寒さに身体を震わせた俺は、いつの間に眠ってしまったのか、閉じていた瞼をゆっくり開いた。

寝起きのせいか、ぼやけた視界に、立派な大の字と、豪快な鼾をかく翔さんの姿を捉える。

つか、すげー寝相悪いし(笑)

俺はクスリと笑って、鼾をかく度に開いたり閉じたりを繰り返す唇を、そっと指で摘んだ。

すると今度は鼻の穴が開いたり閉じたりを始めて…

面白くなった俺は、それを何度も繰り返しては、一人で腹を抱えて笑った。

そしたらさ、それまで閉じていた瞼が突然開いて…

『えっ…!?』

驚いて咄嗟に引っ込めようとしていた手を掴まれた。

『いつから起きてたの？』

｢いつから、…って？ ずっと起きてたよ？｣

マジか…(笑)

｢眠れるわけないでしょ？｣

『ごめん…』

｢違うよ、そうじゃなくて…｣

翔さんがフッと息を吐き出し、俺の腕が引き寄せられる。

バランスを崩した俺は、驚く間もなく翔さんの胸の中に引き込まれ…

コツン…、と翔さんの顎先が俺の頭に乗せられたかと思うと、何も纏っていない素肌の背中を、翔さんの手がスっと撫でた。

｢好きな人がこんなに近くにいたら、緊張して眠れないよ…｣

『嘘…』

だって、大鼾かいてたよ？(笑)

俺ちゃんと知ってんだからね？

｢ずっとこうしていたいよ…｣

俺もだよ…

｢でもそうも言ってられないか…｣

そう…だね…

鳴り始めたアラーム音を、翔さんが片手を伸ばして止めた。

同時に、俺の背中にあった腕も離れて行く。

｢仕事…行かなきゃ…｣

そう言って俺の額にキスを一つ落とし、翔さんがベッドを出て行く。

エアコンのせいじゃない寒さに、俺の背中が少しだけ震えた。



会社に向かう翔さんと駅前で別れ、一人アパートに帰った俺は、ニノの写真の前で両手を合わせた。

なあ、ニノ…？
俺、幸せになっても良いのかな…？

答えなんて返って来ないって知りながら、俺はニノの写真に向かって語りかけた。

好きな相手と結ばれることなく、決して報われることのない想いを胸に抱いたまま、自ら命を絶ったニノ…

ニノのことを思うと、自分だけが幸せになることが申し訳なくて…

翔さんを好きになればなるほど、胸の奥がチクンと痛んで…、苦しかった。


『trill 』ー完ー