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アフタヌーンティーはモリエールにて

第2章 サルミアッキに魅せられて


そんな屋敷のある旧市街に一体何の用があるのだろうかと、建物の影から父の後ろ姿を目で追っていると、父はあろうことかその幽霊屋敷の中へと入っていくではないか。

先も記した通り、この屋敷には今は誰も住んでいない。
更に今日は朝から雨が降り続いており、流石にこの雨の中肝試しをするような人間もいないようで、屋敷はもちろん旧市街全体がしんと静まり返り、人の気配は感じられない。

父は一体なにをしに?そう私が一人思考している間にも、父は歩みを止めることなく屋敷の門を通過して、更に屋敷の玄関扉へと手を掛ける。そして、鍵のかけられていないその扉を簡単に開けると、スルリと扉の間に入り込んでしまった。

その歩みと一連の動きは淀みなく、慣れた様子であった。
父が満月の夜のたびにこの屋敷に訪れていることは、明らかだ。

父の姿の消えた屋敷を前に、私は立ち止まる。
しかしそれは一瞬のことで、古びた屋敷の前で私は踏み込む決意を固め、父の後を追うように屋敷の玄関扉に手をかけた。

屋敷の外観に比例した重厚で見事な玄関扉は、まだジュニアハイスクールに入学したばかりの私の腕には重く、まるで私の侵入を拒んでいるかのようで。
それでも僅かに開いた隙間に体を滑り込ませ、私は屋敷の中へと侵入した。

足を踏み入れた屋敷の中は、薄暗く寒々としている。今は誰も住んでいないのだから、当然電気なんて通っちゃいない。また今日はあいにくの雨で、空はどんよりとした重たい雲に覆われて、月明かりも殆どない。
旧市街には街灯も少なく、窓から差し込む光はあってないような心許ないものだ。

心霊スポットとして有名な屋敷内は、床は泥や埃まみれで薄汚れ、壁や調度品なども所々傷んでいる。恐らく肝試しに訪れた誰かの仕業だろう。
カビと埃の香りが立ち込め、雨のせいで湿気た空気がひんやりと肌を撫でて、私は思わずブルリと全身を震わせた。

正直、今すぐにでも帰ってしまいたい。
何事もなかったかのように家に帰り、自室のベッドの中へ潜って眠りに就いてしまいたい。幸い、父も私が後を付けていることに気付いていないようだし、今ならば何事もなく普段通りの朝を迎えられる。

しかし、それでも私は屋敷の奥へと進んだ。父が何のために、満月のたびにこの屋敷にきているのか、どうしても知りたいと思ってしまったのだ。
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