• テキストサイズ

アフタヌーンティーはモリエールにて

第3章 意地悪なマシュマロ


「もし宜しければ、店内に入られませんかぁ?」


男は雨を凌ぎたいらしい。それならばこんな外で突っ立っているよりも、店内でゆったりと座った方が有意義だろう。

それに何より、男の外見は言ってはなんだが怪しい。スーツ姿ではあるが、鞄も持っておらず極め付けは目元を覆い隠すサングラス。とてもじゃあないが、仕事終わりのサラリーマンには見えない。
雨が上がる前にご近所から通報されるか、店を訪れた客に心配されるのが落ちだろう。

お客さん逃げちゃいそうだし、なんて内心で失礼なことを考える杏奈だが、もちろん声には出さない。


「雨宿りするなら此処も店内も変わりませんよねぇ。タオルくらいはお貸しできますし。」


のんびりとした口調でそう告げた杏奈は、ドアノブに手を掛けて扉を開く。
どーぞーと男が了承する前に既に店に招き入れる体制の杏奈。口調とは裏腹に強引なその様子に、男はサングラスの奥の瞳を僅かに見開いたようだった。

それでも動こうとしない男に、それに多分しばらく雨上がりませんよぉと、杏奈はダメ押しとばかりに告げる。
杏奈から空に視線を移す男。見上げた空は濃い灰色に重く垂れ下がり、雨脚も強くなってきている。杏奈の言う通り、通り雨の類いではないようだ。

視線を杏奈に戻した男に、ね?と彼女は首を傾けてドアを先程よりも広く開ける。
男はそんな杏奈の様子をしばらく見て、彼女が引き下がらないと察したのか、はぁ……と重いため息を吐いた。


「アンタがそこまで言うなら、しばらく邪魔するぜ。」


渋々と言った様子の男に、別に感謝されたかったわけでもない杏奈は、ドアを大きく開いて男を招き入れる。

店内に誰かが入ってきた気配を感じたのか、常連客が顔を上げる。
しかし男の姿を目にすると、どこか焦ったように視線を元に戻してしまった。誰が見ても普通のサラリーマンには見えないらしい。


「タオルお持ちしましたぁ。席はご自由にお選びください。」


従業員ロッカーからタオルを手に持って戻ってきた杏奈は、タオルを差し出して席に案内する。
入り口に立ち止まったまま店内の様子を見ていた男は、杏奈からタオルを受け取ると、入り口から程近いカウンター席の隅に腰かけた。
/ 162ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp