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アフタヌーンティーはモリエールにて

第9章 ロシアン月餅ルーレット


「じゃあな。」
「はい。いろいろと有難うございました。お元気で。」


互いに別れの言葉を相手に送る。
恐らくもう、ふたりが再び出会うことはない。
そのことに一抹のさびしさを覚えたが、ふたりは互いに背を向けた。

別の路線をつかう女性とわかれて歩き出した松田に、松田さん!と彼女が声をかける。
呼びかけに振り返った松田に、女性は息を吸った。


「松田さんも、自分の気持ちを受け入れて、素直になったほうがいいですよ!!きっとそのほうが、幸せだから!!」


口元に両手を添えて、彼女は大きな声で松田に言葉を放った。
そしてふわりと微笑んだ女性に、しかし松田は首をかしげる。彼女の云っている言葉に、心当たりがなかったのだ。

眉間にしわを寄せる松田に、女性は悪戯っ子のように無邪気に笑って、ぺこりと頭をさげそのまま背を向けると、あっという間に人並みにまぎれて見えなくなった。

松田はしばらく彼女の消えた先を立ち止まって見ていたが、背をむけて歩きだす。

駅に滑り込んできた電車に乗り込んで、ガタンゴトンと揺れるリズムに身をゆだねる松田の頭に浮かぶのは、別れ際の彼女の笑みだった。

あぁ……アイツに似てるのか。
見た目も性格もなにもかも違う女性だが、笑ったときに目尻が下がって、とろりと優しくなるその瞳は、松田が最近なにかとかまっている少女に、とてもよく似ていた。


「いやいや…それだけは有り得ねぇだろ。」


今までならば絶対に声をかけなかったタイプの女性を、一夜の相手に選んだ理由が、まさか笑った顔が彼女に似ていたからだなんて。
笑えない考えに行きあたって、松田は思わずそうつぶやいた。

そもそも、アイツの笑った顔はもっとだらしねぇだろ。
へらりと頬をゆるめて、眉も目尻も下げた顔は、こちらの気まで抜けてしまいそうなくらい、ゆるゆるとしてだらしない。似ていると言うには、女性に失礼だ。


“まもなく米花駅——米花駅”


考え事をしていると、車内アナウンスが流れた。
松田の自宅のある最寄り駅は、まだ先。

なのに気づけば松田は、人波にのって電車を降りていた。
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