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アフタヌーンティーはモリエールにて

第8章 月夜のティラミス


杏奈の息遣いまで聞こえてきそうなほど近づいた松田は、彼女の耳元に唇をよせた。


「好きだぜ……杏奈。」


吐息混じりに優しく囁いた。

松田はすこし距離を取って、彼女の顔を覗き込む。
すると彼女は、瞳を大きくして自分をみていて。その反応に気を良くした松田は、スルリと杏奈の頬をなでる。


「――――っ。」


かさついた武骨な指先は、器用に優しく彼女の羽二重膚(はぶたえはだ)をすべる。
自分の頬をすべる松田の指先に、ピクリと杏奈のまつ毛が揺れた。

ふるふると震える長いまつ毛で縁取られた瞼を伏せる杏奈。
じんわりと涙の膜のはった澄んだ海色の瞳を覗き込んで、松田は自分の心の奥底から何かがあふれるのを感じた。無意志に松田はこくりと喉を鳴らす。


「杏奈……。」


普段はほとんど口にしない彼女の名前を呼ぶ声は優しく、糖蜜を溶かしたように、甘く艶やかで。

ぶわわっと杏奈の頬が、熟れたリンゴのように真っ赤に色づく。
彼女自身も、自分の顔に熱が集まっていることがわかって、杏奈はギュッと目をつぶった。

うぅ~~~っ、なんで赤くなんのぉ…!!
松田が自分のことを揶揄っているのは、わかっている。
わかっているのに、ドキドキと心臓がうるさい。
胸の奥から湧き上がる熱が、昇ってきて顔が火照る。

落ち着きたいと思っているのに、自分の意思に反して、忙しなく動き、顔へと血液を顔へと送りつづける心臓に、杏奈は苛立ちを感じた。


「――――っんぅ。」


頬をなでていた松田の指が、輪郭を滑ってスルリと杏奈の小さな耳たぶに触れた。そのまま耳の輪郭をなぞって、紅く色づく細やかな耳裏をいたずらにくすぐって。

器用に爪先で優しく引っかかれた瞬間、杏奈の口から小さく声が漏れた。思わず杏奈はパッと口元を手で覆う。

目をつぶってる所為で、感覚が研ぎ澄まされてるんだ。
杏奈はゆっくりと閉じていた瞼を開く。
しかし至近距離にある松田の顔を見ることは、羞恥心が邪魔をしてできそうにない。杏奈は瞼を伏せて、机上に広げられた資料に視線を落とした。
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